つないだ手を放さなければ、こんな私でも正しく生きていけるに違いない・・・
いつから 息子は私と手をつながなく なっただろう。思い出せない。
いつから 私と一緒に歩かず 数メートル離れて 歩いただろう。
いつから 「おかん」と呼ばず 「ばばあ 死ね」が 挨拶になって いただろう。
亡くなっても相変わらず、息子の存在を妄想し、空想の存在に支えられている。
息子と手をつながなくたって、大丈夫かな・・・?
月命日に、そんな事を考えながら、にほんブログ村にランキングする事を決めました。
あっ 似顔絵仲間の皆さま、似顔絵ランキングでは ありません。まずは、自死遺族からはじめてみます。応援 よろしく お願いします。
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いつから 息子は私と手をつながなく なっただろう。思い出せない。
いつから 私と一緒に歩かず 数メートル離れて 歩いただろう。
いつから 「おかん」と呼ばず 「ばばあ 死ね」が 挨拶になって いただろう。
亡くなっても相変わらず、息子の存在を妄想し、空想の存在に支えられている。
息子と手をつながなくたって、大丈夫かな・・・?
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なっちさんも月命日、お辛かったですね。
月命日や旅立った曜日のその時間に近づくとその状況が思い出されたり、その時の娘さんや息子達がどんな気持ちだったのかを思うとたまらなくなりますね。
息子と手をつないでいたのは、年長さん迄位だったのでしょうか。
最後につないだのは、棺の中の息子の手。
涙の中、久しぶりにつないだ息子の手は大きくて、とてもたくましかったです。
こんなに立派な青年に成長した息子をいつも見ていてあげればよかった。
後悔で、心が押しつぶされそうです。
あかいねこさん。
ブログランキングに公開して下さって、ありがとうございました。
娘さんとは、すっごく仲が良かったのが目に浮かびます。娘さんの温もりや、思い出を大事にして、たこやきパーテーをやって、今日一日を乗り越えただけで充分がんばれたんじゃないでしょうか。
私も時々どのように乗り切るかわからなくなるけど、なっちさんに勧められてブログランキングしたのが、今の私の支えかな。。。
はじめまして、ご訪問コメントありがとうございます。
私のブログにコメントをくださったのが、大きな一歩だと思いますよ。
下手な文章だなんて思いませんでしたよ。苦しさが伝わるような、コメントしようかと悩みの跡があるような・・・そして決心してコメントした勇気。ほら、前に進んでますよ。
同じ苦しみ、辛さ、悲しみに寄り添い共感したいです。共生(ともいき)しましょう。
当時はしっかりしていたお兄ちゃんでした。
娘とは、いつも腕を組んでいました。
娘の温もりを忘れることが出来ません。
あかいねこさんも、YUIさんも月命日が6日なんですね。
娘の月命日は7日です。
月命日を過ぎて、少しだけ元気になれました。
月命日も同じ6日です。
息子は22歳でした。
お互いの息子は、何もかもこれから素敵な人生が待っていたであろうに悔しいですね。。
私も前に進めないでいますよ。むしろ後退しているかもしれませんね。
私にも娘がいます。
娘がいなかったら、とっくに息子の後を追っていたと思います。
あの硫黄の匂い、息子が持っていたバックから今も消えません。
私も毎日、浮き沈みがありますが、どうにか生きていきましょうね。
下手な文章で申し訳ありませんでした。