これから訪ねる遺跡を眺めながらのランチタイムでした。
添乗員とガイドのワナ、現地ガイドのナンシュイも一緒。いつものとおり私はカメラマン。男性3人女性4人のコンパクト集団でした。赤い門のところで裸足になって遺跡見学です。
12世紀にこの地を統治していた王さまが各家庭に一つずつ 仏塔を寄進させたことがこの遺跡の始まりだという。それが積もり積もって2500余の仏塔が林立する姿になったそうです。
それぞれの仏塔(パゴダ)には、このように仏さまが祀られています。手前に見えているプレートに寄進者のお名前が書かれていると聞きました。
化粧直し、それとも修理中か。足場は竹で組まれていました。入場前に見たこの仏塔、あんなに巨大だったのに、撮影場所によってこんなに小さくなってしまうのだ。
近くで見るとこれです。何体もの仏さまが張り付いています。なかには頭のない仏さんも。
この通りがメインロード。草が生えている仏塔や傘が落っこちそうな仏塔も見えている。
この周辺には、パオ族、シャン族、ビルマ族が住んでいるという。それぞれの民族がここに寄進したパゴダ。寄進した民族によって、てっぺんの傘の形が違うそうだ。どれがどれか知りませんが、なるほど傘型が三種類あるように見える。風があるときには、この傘についている鈴が軽やかな音を響かせるのだといいますが、私たちには「そよ」とも風の恵みはありませんでした。
ライオンの化身か。他の寺院でも時たま見かけていたライオン。何のいわれがあるのか説明があっただろうけど覚えていません。