おきると荘の書斎

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書いてみる

2016-04-28 00:21:00 | 小説
こんばんは。前回の話が途中で止まってるけど新しいのを書くよ。
特に意味はないけど今はこっちを書くよ。


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 うさぎ小屋のかげにしゃがみこんで泣いた時の涙が僕の記憶を締め付けて離さない。やかましい蝉の声と土で汚れた体育着を思い出すと、どうにもやりきれない気持ちになる。

うさぎ小屋①

 大学に入学して1週間が経った。なんだか色々とよく分からないまま毎日が過ぎている。僕は高校時代の激しい受験戦争をのらりくらりとやり過ごし、まあまあな成績でまあまあの大学に合格した。偏差値で言うと60ちょっとくらいの大学だ。世間の知名度は高く、初めて正門をくぐった時の僕の顔は自然とほころんでいた。僕の名誉のために前以て言っておくが、ニヤけてしまうのには色々な理由があったのだ。片田舎から東京に出てきて新しい生活が始まることへの期待もあった。親元を離れて一人で暮らすことへのワクワクもあった。サークルの華やかな勧誘活動と学舎の人の多さも僕を浮足立たせた。そして何より春めく風の暖かさが、僕の高揚感を煽った。
 荷解きや学校への道順の把握をしているうちに1週間が過ぎてしまった。そろそろ履修する課目を決めないといけないのに、僕は電話帳のように分厚いシラバスに並んでいるおびただしい数の講義に辟易していた。同じコマにいくつも面白そうな授業が重なっているし、人気講義の教室には子育て中のペンギンのような人だかりができている。そして講義を受けているひとりひとりのことを先生は全く覚えていない。要するにいてもいなくても同じことなのだ。そんな高校との違いに新鮮な刺激を感じながら、僕は構内の溜め池沿いに並んでいるベンチに腰鰍ッた。春の陽気は相変わらず心地好い。
 「サークルどうしようかな」14時の日差しを浴びながら僕は独り言ちた。
大きな大学には沢山のサークルがある。そもそも、僕は大学にサークルというものがあってほとんどの人がそれに所属しているという事実をつい1週間前まで知らなかった。兄も姉もいない上に大学に入った後のことなんて考えたこともなかったから当然と言えば当然だと思っている。ただし、既にその事実を知ってしまった以上僕にはあまり猶予がない。大きな大学には沢山のサークルがある。僕は入学式の時に渡されたサークル紹介の冊子を見て驚いてしまった。テニスサークルだけで何種類あるというのだ。それぞれが独自のアピールャCントを誇示してひしめき合っている。冊子に載っているサークルだけでも相当な量なのに、載っていないサークルも相当数あるのだという。その上、中にはカルトサークルやいわゆる飲みサー・ヤリサーもあるんだとか。もはや何を頼りに決めていいものか分からなくなってしまう。要するに、大学に入った途端爆発的に広がった選択肢に僕は圧唐ウれてしまっているのだ。
 ふと視線を上げると、向かいのベンチで足を組んでいる女子学生と目が合った。ャ鴻Vャツにジーンズという服装で中肉中背。どちらかと言えば地味な方だが妙に安心感のある顔立ちをしていた。ひとりで遠くを見つめる表情は悠然としているように見えて、新しい生活のあわただしさに迄Mされている僕とは対照的だった。溜め池とベンチは大きな校舎の建物から西に少し離れた場所にあり、今は地味顔の女子学生と僕の2人しかいない。僕はそれとなく目を逸らしたものの、一度は存在を意識してしまった相手だ。お互い無意識に視線が相手に向かってしまいその後も何度か目が合った。そして、いよいよその感覚が我慢ならなくなったのか女子学生が僕の方にやってきた。
「こんにちは。新入生ですか?」
「はい。あなたは?」
「私は新3年生。履修科目はもう決まった?」
「いえ。なんか見学に行くと自分が烏合の衆に飲み込まれていくみたいで疲れちゃって」
女子学生はそれを聞くと小さく笑った。声は少し倍音が多めで可愛らしかった。きっとファミレスでは周囲の音に声が掻き消されてしまうタイプだろう。
「気分転換になるかどうか分からないけど、私たちのサークル今新歓やってるから見に来てみない?」
「はあ、いいんですか?」と言いつつも、僕は突然の勧誘に少々身構えた。
「入るか入らないかはさて置くとして、ね。少し新歓イベントとかにも顔は出したんだけど誰も入ってくれないからみんな悲しい思いをしているところなの」
「そうなんですか。どんなサークルですか?」
「簡単に言うと、お酒を飲んだり調べたりするサークル。イベントをやったりもするんだけどね」
「へええ」僕はますます不安になった。しかし目の前の先輩のあまりにも落ち着いた物腰と、いわゆる飲みサーのイメージが噛み合わなかったので、一度行ってみようかと思い僕は立ち上がった。
 先輩は僕に柔らかく目配せをして先を歩いた。改めて見ると身長は150センチくらい。アメリカのIT企業にいそうな服装だと思った。体のラインがしっかり出る服を着られるのは、中肉中背と言いつつやはりスタイルが良いからなのだろう。
 部室は大学構内の最も南西にあった。木造の小屋のような建物でドアに「エチル倶楽部」という手書きの看板が貼ってあった。大学のメイン校舎から見て西にある溜め池の、更に南。まだあまり構内には詳しくないが恐らくこの辺りの棟に学部生が入ることは滅多にないだろう。
「ここがエチル倶楽部の部室です」先輩は少し恥ずかしそうに言った。
ドアを開けると玄関のようなスペースが設けられており、8畳ほどの畳の部屋が広がっていた。一番奥の壁に沿って4段に仕切られた棚が4つ並んでおり、左から3つの棚には一升瓶や四合瓶が並んでいる。一番右の棚は本棚になっていた。棚の手前にはこたつがあり、男子学生が2人お猪口を挟んで語り合っているところだった。部室は綺麗に片付いていて酒臭さは感じられなかった。
「おお、新入生かい?」とひとりの男子学生が声を上げた。
「今日は見学だけ。入ってくれるかどうかはあなたたちにかかってるってこと」
「それはそれは。こんにちは。何もないけどゆっくりしていってよ」ともう1人の男子学生が僕をこたつに招いた。
「ありがとうございます」僕は友好的で地味顔先輩と同じように物腰の柔らかい2人に少し安堵を覚えながらこたつの手前側に座った。
座りながら既に僕は、きっとこのサークルに入るに違いないと感じていた。