おはようございます。堺市西区の上野芝にある個別指導の学習塾ONE-S(ワンズ)の塾長の松下です。
今週から夏期講習が始まります。生徒たちみんな、暑い中来てくれるのですから、私も彼らの頑張りに応えることができるよう、気合い十分で臨みたいと思っています。
今から約20年前、私が学習塾を立ち上げたときのことです。3年間のひきこもり生活に終止符を打つべく、「やってやろう!」という熱い想いでいっぱいでした。開業資金などほとんどない状態でしたが、友人が本棚や机、ホワイトボードやソファなど必要なものをほとんど持ってきてくれ、なんとか形は出来上がってきました。彼らの優しさが私に前へ進む勇気を与えてくれたのです。
私も不慣れなパソコンで塾のチラシを作成し、それを印刷にかけてポスティングを開始しました。「どうか反応がありますように」と祈りながら、ポストにチラシを入れさせてもらいました。
そしてポスティングを開始して3日目に塾の電話が鳴りました!塾にかかってきた初めての電話です!
緊張して少しどもりながら、「も、もしもし、松下塾ですが」
「昨日家に塾のチラシが入ってたから電話したんやけど」電話の声は男の人でした。「ああ、お父さんが電話くれたんやな」そう思って「お問い合わせありがとうございます!」と返事したところ、急に怒った口調になり「そんなもんどうでもええねん!このチラシ作ったんあんたか?」突然のことで何のことかまったくわからず、「はあ、そうですが。どうかされましたか?」
「お前は何を考えてんねん!」とさらにキレ気味で言ってきたので、さすがに私もイラっとしましたが、「もしかして同業者の嫌がらせかな?」と思い、冷静に対処しようと「仰られてることがまったくわからないのですが、ご用件は?」と聞き返しました。
「俺はお前と同じ高校出身やねん。お前、自分のプロフィールのところに出身高校書いてるやろ?その高校名が間違ってるねん!どういうつもりや!」
何をそんなに怒ってるのかよくわからなかったけれども、とりあえずチラシを確認してみました。私の出身高校は「三国丘高校」なのですが、チラシのプロフィールには「三国ヶ丘高校」となっていました。「ヶ」が入ってしまっていたんです。
「このオッサン、よくこんな細かいとこまで見とるな。どんだけヒマやねん!でもまあ、こんな細かいところ発見してくれるなんて、ちゃんと俺のチラシを読んでくれたんやな。感謝せなあかんか。いや、でもなんでこんな怒られなあかんねん!」と思いながらも、「申し訳ございません。私の不注意でした」と謝りましたが、その人はまだ怒りが収まらなかったようで「俺はな。こんなんが一番腹立つねん!お前みたいなもんが塾の講師なんてできるかー!」と怒鳴りながら電話を切りました。
電話を切られた私は、一方的に怒られたため、めちゃくちゃ腹が立っており、「オッサン!もう1回電話してこい!」とずっと願っていました。次に電話かかってきたときには、こっちからも反撃させてもらうぜ(笑) しかし、二度とその人からの電話はありませんでした。
ただ、このことがあってからすぐにチラシを修正して、現在もチラシやホームページなどのプロフィールで出身高校を記入するときに気をつけるようになりましたし、二度と間違えることはなくなりました。あのオッサンのおかげですね(笑)
人に間違いを指摘すること自体は悪いことではないのだと思います。指摘されたことで二度と間違えなくなるので、どちらかと言えば放ったらかしにされるよりは有難いことなんですよね。問題はその言い方なんだよなあ。相手を攻撃してやろう、ストレスを発散してやろう、というのは善意の気持ちがこれっぽっちもなく、相手の気持ちを考えずに完全に自分の欲望を満たすためだけの行為です。大人のすることじゃありませんよね。
外食したとき味が明らかにおかしかったとき、例えばパスタの麺が硬すぎたときや、食後のコーヒーがぬるかったときとか、そういうときには私は店の人にちゃんと言います。それは不味いからお金を返してくれなんて気持ちからではなく(少しはありますが(笑)) 店の人が気づいていなかったら、私以外の客にも同じものを出してしまう可能性が高いため、そうならないように、店の人に気づいてもらえるようにという気持ちから言うようにしています。実際、それによって感謝されることの方が多いです。
これが大人と子どもの関係ならもっと大切だと思います。学校の先生が生徒を怒るときに、本当に生徒のためを思って、このままじゃ、この先この子は困ってしまうはずだという気持ちから注意をしたり怒ったりすることは問題ないというか、とてもいいことだと思います。きっとその気持ちは生徒に伝わり、その場でわからなかったとしても、後々有り難かったなと思えるときがくるはずです。
それがそういう優しい気持ちからではなく、ただイラついて怒ってるだけだったら、当然ながら生徒は反省なんてしませんし、反発するか、落ち込むかどちらかになってしまうだけです。子どもは大人よりも敏感ですので、先生がどういう気持ちで言っているのかわかるんですよね。言葉で口に出していなくても、先生の表情でもわかる子もいます。
学校を休みがちの生徒が、職員室に休んでいたときの分のプリントを取りに行ったときに、その先生が「めんどくさいな」とつぶやいたことがあったそうです。はっきりとは聞こえなかったらしいのですが、先生の表情から判断しておそらくそう言ったと感じたようです。私はこの話を聞いたとき、久しぶりに思いっきり腹が立ちました。先生がプライベートでどんな態度をとろうが、どうでもいいです。しかし学校の中だけは、そして生徒に接するときだけは、生徒のことを第一に考えた言動をしてもらいたいと願います。先生の一言が生徒にどれだけ大きな影響を与えるか、どれだけ傷つけることがあるのか、しっかり自覚してほしいと思います。
20年前に私に文句の電話をしてきた人の職業が先生でありませんように。
ONE-SのHP
今週から夏期講習が始まります。生徒たちみんな、暑い中来てくれるのですから、私も彼らの頑張りに応えることができるよう、気合い十分で臨みたいと思っています。
今から約20年前、私が学習塾を立ち上げたときのことです。3年間のひきこもり生活に終止符を打つべく、「やってやろう!」という熱い想いでいっぱいでした。開業資金などほとんどない状態でしたが、友人が本棚や机、ホワイトボードやソファなど必要なものをほとんど持ってきてくれ、なんとか形は出来上がってきました。彼らの優しさが私に前へ進む勇気を与えてくれたのです。
私も不慣れなパソコンで塾のチラシを作成し、それを印刷にかけてポスティングを開始しました。「どうか反応がありますように」と祈りながら、ポストにチラシを入れさせてもらいました。
そしてポスティングを開始して3日目に塾の電話が鳴りました!塾にかかってきた初めての電話です!
緊張して少しどもりながら、「も、もしもし、松下塾ですが」
「昨日家に塾のチラシが入ってたから電話したんやけど」電話の声は男の人でした。「ああ、お父さんが電話くれたんやな」そう思って「お問い合わせありがとうございます!」と返事したところ、急に怒った口調になり「そんなもんどうでもええねん!このチラシ作ったんあんたか?」突然のことで何のことかまったくわからず、「はあ、そうですが。どうかされましたか?」
「お前は何を考えてんねん!」とさらにキレ気味で言ってきたので、さすがに私もイラっとしましたが、「もしかして同業者の嫌がらせかな?」と思い、冷静に対処しようと「仰られてることがまったくわからないのですが、ご用件は?」と聞き返しました。
「俺はお前と同じ高校出身やねん。お前、自分のプロフィールのところに出身高校書いてるやろ?その高校名が間違ってるねん!どういうつもりや!」
何をそんなに怒ってるのかよくわからなかったけれども、とりあえずチラシを確認してみました。私の出身高校は「三国丘高校」なのですが、チラシのプロフィールには「三国ヶ丘高校」となっていました。「ヶ」が入ってしまっていたんです。
「このオッサン、よくこんな細かいとこまで見とるな。どんだけヒマやねん!でもまあ、こんな細かいところ発見してくれるなんて、ちゃんと俺のチラシを読んでくれたんやな。感謝せなあかんか。いや、でもなんでこんな怒られなあかんねん!」と思いながらも、「申し訳ございません。私の不注意でした」と謝りましたが、その人はまだ怒りが収まらなかったようで「俺はな。こんなんが一番腹立つねん!お前みたいなもんが塾の講師なんてできるかー!」と怒鳴りながら電話を切りました。
電話を切られた私は、一方的に怒られたため、めちゃくちゃ腹が立っており、「オッサン!もう1回電話してこい!」とずっと願っていました。次に電話かかってきたときには、こっちからも反撃させてもらうぜ(笑) しかし、二度とその人からの電話はありませんでした。
ただ、このことがあってからすぐにチラシを修正して、現在もチラシやホームページなどのプロフィールで出身高校を記入するときに気をつけるようになりましたし、二度と間違えることはなくなりました。あのオッサンのおかげですね(笑)
人に間違いを指摘すること自体は悪いことではないのだと思います。指摘されたことで二度と間違えなくなるので、どちらかと言えば放ったらかしにされるよりは有難いことなんですよね。問題はその言い方なんだよなあ。相手を攻撃してやろう、ストレスを発散してやろう、というのは善意の気持ちがこれっぽっちもなく、相手の気持ちを考えずに完全に自分の欲望を満たすためだけの行為です。大人のすることじゃありませんよね。
外食したとき味が明らかにおかしかったとき、例えばパスタの麺が硬すぎたときや、食後のコーヒーがぬるかったときとか、そういうときには私は店の人にちゃんと言います。それは不味いからお金を返してくれなんて気持ちからではなく(少しはありますが(笑)) 店の人が気づいていなかったら、私以外の客にも同じものを出してしまう可能性が高いため、そうならないように、店の人に気づいてもらえるようにという気持ちから言うようにしています。実際、それによって感謝されることの方が多いです。
これが大人と子どもの関係ならもっと大切だと思います。学校の先生が生徒を怒るときに、本当に生徒のためを思って、このままじゃ、この先この子は困ってしまうはずだという気持ちから注意をしたり怒ったりすることは問題ないというか、とてもいいことだと思います。きっとその気持ちは生徒に伝わり、その場でわからなかったとしても、後々有り難かったなと思えるときがくるはずです。
それがそういう優しい気持ちからではなく、ただイラついて怒ってるだけだったら、当然ながら生徒は反省なんてしませんし、反発するか、落ち込むかどちらかになってしまうだけです。子どもは大人よりも敏感ですので、先生がどういう気持ちで言っているのかわかるんですよね。言葉で口に出していなくても、先生の表情でもわかる子もいます。
学校を休みがちの生徒が、職員室に休んでいたときの分のプリントを取りに行ったときに、その先生が「めんどくさいな」とつぶやいたことがあったそうです。はっきりとは聞こえなかったらしいのですが、先生の表情から判断しておそらくそう言ったと感じたようです。私はこの話を聞いたとき、久しぶりに思いっきり腹が立ちました。先生がプライベートでどんな態度をとろうが、どうでもいいです。しかし学校の中だけは、そして生徒に接するときだけは、生徒のことを第一に考えた言動をしてもらいたいと願います。先生の一言が生徒にどれだけ大きな影響を与えるか、どれだけ傷つけることがあるのか、しっかり自覚してほしいと思います。
20年前に私に文句の電話をしてきた人の職業が先生でありませんように。
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