私にとっては今日からが
ゴールデンウイークの初日です
富山県高岡市にある
「ミュゼふくおかカメラ館」へ
今年も向かった
先に、津幡町吉倉にある
「津幡町歴史民俗資料収蔵庫」へ
行ったのだが
初めて行く所だったので
途中、その場所がどこにあるか
分からなかったので
田植えの手伝いらしき
アンちゃんに尋ねたところ
親切に答えてくれた
まだ、田植えの手伝いを
していたころの記憶が蘇った
その場所に到着すると
前もって連絡をしてあったので
若い女性が館内を
通してくれたが
案内をすることが
できないとのことで
かってに見てまわることになった
廃校になった校舎を利用して
学校や民家から収集した
昔ながらのとても古くて
懐かしい貴重な資料が
所狭しと数々の物が
並べられていた
柱時計が今でも
時を刻んでいた
生活で使用された物や
田にまつわる物など
まだ、子供だった頃に
見かけた物もあり
懐かしく見学した
帰るときに係りの女性は
平日であれば
館長さんの説明を受けることが
できるとう話をしてくれた
見学中に子供たちが書いた
お礼のお便りから
その館長さんを
知ることができたのだが
私の中学校時代の
社会の先生だった
そこを去るときに
なぜ、高松には
機織(ハタオリ)の資料館が
できなかったのかな~という疑問が
頭をかすめた
次に向かったのは
「ミュゼふくおかカメラ館」だ
椎名誠写真展が
開催されていた
白黒の写真が多かったが
彼のコメントが添えられ
一つ一つの写真からは
物語が感じられて
とても魅了された
お昼の食事は道の駅に入って
そこで取った
お土産に氷見うどんを
買った後、瑞龍寺へ向かった
以前にも行ったことがある
そのお寺は
その建築が稀なことから
国宝となっている
太く大きな柱が
”芯がない”ということなのだ
詳しく説明すると
木を輪切りにすると
その中心には芯がある
その芯をはずした部分で
柱を作ったということは
実際、その柱は
元は倍の太さだったと
いうことになるのだ!
この説明で
想像していただけただろうか?
烏瑟沙摩(ウスサマ)明王が
おられまして
片足でお立ちになる
勇壮な仏様だった
最近話題の「トイレの神様」と
同様に感じましたが
昔は「便所の側」に
安置されていた
「便所の守護」する
仏なのだそうだ
または安産の仏像と
いわれているという
そこを出たあと
下の子から携帯に連絡が
入った
ディサービスに行っている
じいちゃんの血圧が上がって
施設から呼び出しの
連絡があったというのだ
その施設の近くにいる親戚が
家まで連れてきてくれるという
ものだったが
親戚に連絡を取ったら
時間的には自分たちが行っても
間に合う時間帯だったので
そこへ向かった
まあその状態は
心配したほどでもないらしく
車に乗せまして
なにか欲しいのもがないか聞くと
柔らかい物が
欲しいと言うので
途中、スーパーへ寄って
菓子パンやおやつなど購入し
帰路に着いた
じいちゃんの様態が
気になったので
夕方には戻ってくると
聞いていた医師に
診てもらわなくてもいいのかと
聞いたところ
大丈夫だという返事だったので
様子をみることにしたが
高齢者をかかえると
家族での遠出は
当分の間は無理なのかな~と
改めて感じた
家に帰ってからは
携帯に連絡をくれた下の子には
約束のアイスクリームを与えた
上の子はなんにも言わないで
早朝、出かけたのであるが
同じ富山県の福野町で
練習試合があったというのだ
「見学に行きたかったな~」と
言うと
「親はだれもおらんかった!」という返事
味気ないものだ
「男の子に勝った!
」と
言ったので
「警察官になれる
」と
言ったら
「バッカじゃないの」と
そっけなく言われてしまった
夕食は氷見うどんを
メインに料理した
美味かった~
さて、明日もある
寝ましょう
ゴールデンウイークの初日です

富山県高岡市にある
「ミュゼふくおかカメラ館」へ
今年も向かった
先に、津幡町吉倉にある
「津幡町歴史民俗資料収蔵庫」へ
行ったのだが
初めて行く所だったので
途中、その場所がどこにあるか
分からなかったので
田植えの手伝いらしき
アンちゃんに尋ねたところ
親切に答えてくれた
まだ、田植えの手伝いを
していたころの記憶が蘇った
その場所に到着すると
前もって連絡をしてあったので
若い女性が館内を
通してくれたが
案内をすることが
できないとのことで
かってに見てまわることになった
廃校になった校舎を利用して
学校や民家から収集した
昔ながらのとても古くて
懐かしい貴重な資料が
所狭しと数々の物が
並べられていた
柱時計が今でも
時を刻んでいた
生活で使用された物や
田にまつわる物など
まだ、子供だった頃に
見かけた物もあり
懐かしく見学した
帰るときに係りの女性は
平日であれば
館長さんの説明を受けることが
できるとう話をしてくれた
見学中に子供たちが書いた
お礼のお便りから
その館長さんを
知ることができたのだが
私の中学校時代の
社会の先生だった
そこを去るときに
なぜ、高松には
機織(ハタオリ)の資料館が
できなかったのかな~という疑問が
頭をかすめた
次に向かったのは
「ミュゼふくおかカメラ館」だ
椎名誠写真展が
開催されていた
白黒の写真が多かったが
彼のコメントが添えられ
一つ一つの写真からは
物語が感じられて
とても魅了された
お昼の食事は道の駅に入って
そこで取った
お土産に氷見うどんを
買った後、瑞龍寺へ向かった
以前にも行ったことがある
そのお寺は
その建築が稀なことから
国宝となっている
太く大きな柱が
”芯がない”ということなのだ
詳しく説明すると
木を輪切りにすると
その中心には芯がある
その芯をはずした部分で
柱を作ったということは
実際、その柱は
元は倍の太さだったと
いうことになるのだ!
この説明で
想像していただけただろうか?
烏瑟沙摩(ウスサマ)明王が
おられまして
片足でお立ちになる
勇壮な仏様だった
最近話題の「トイレの神様」と
同様に感じましたが
昔は「便所の側」に
安置されていた
「便所の守護」する
仏なのだそうだ
または安産の仏像と
いわれているという
そこを出たあと
下の子から携帯に連絡が
入った
ディサービスに行っている
じいちゃんの血圧が上がって
施設から呼び出しの
連絡があったというのだ
その施設の近くにいる親戚が
家まで連れてきてくれるという
ものだったが
親戚に連絡を取ったら
時間的には自分たちが行っても
間に合う時間帯だったので
そこへ向かった
まあその状態は
心配したほどでもないらしく
車に乗せまして
なにか欲しいのもがないか聞くと
柔らかい物が
欲しいと言うので
途中、スーパーへ寄って
菓子パンやおやつなど購入し
帰路に着いた
じいちゃんの様態が
気になったので
夕方には戻ってくると
聞いていた医師に
診てもらわなくてもいいのかと
聞いたところ
大丈夫だという返事だったので
様子をみることにしたが
高齢者をかかえると
家族での遠出は
当分の間は無理なのかな~と
改めて感じた
家に帰ってからは
携帯に連絡をくれた下の子には
約束のアイスクリームを与えた
上の子はなんにも言わないで
早朝、出かけたのであるが
同じ富山県の福野町で
練習試合があったというのだ
「見学に行きたかったな~」と
言うと
「親はだれもおらんかった!」という返事
味気ないものだ
「男の子に勝った!

言ったので
「警察官になれる

言ったら
「バッカじゃないの」と
そっけなく言われてしまった
夕食は氷見うどんを
メインに料理した
美味かった~

さて、明日もある
寝ましょう

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