木工挽物という仕事

基本的には時代遅れの仕事
正反対の位置にいるブログから発信してみます
でもブログも先端じゃなくなりましたね

徳を積むこと

2015-03-13 23:34:15 | こころ
いつものように朝ワイドショーを見てたら、盲学校の卒業生に毎年毎年オルゴールを送リ続けてる人がいるという話に出会った
それが実に51年間続いているという
そんなに続くってその人はいくつなんだろうかと思った
その人は毎年その時期になると「今年の卒業生は何人ですか?」という質問をしてくるのだという
だから施設側からしたらもしかしたらどこの誰かある程度分かっているのかもしれない
しかし、本人の意向を尊重してそれを公にすることはしない
僕らからしたらいやいやそれを送ってもらった卒業生からもそれが誰なのかは謎のままである
オルゴールはどんな役割を果たしているのだろうか
目の不自由な人にとってその音は僕らから見たものとは違う意味の物なのかもしれない
全ての人ではないにしても、受け取った側の心にはいつまでも残る物のようだった
途中から全盲になった人は、今はマッサージ師となり、送り主と一緒に歩いて、その人の体を楽にしてあげたいとそんな夢を語っていた
その人はもう90歳になる 
次からは他の人にその送り主の座を譲るつもりだと言う
その意志によってそれはまだ続くのだ
こういうことが「徳を積む」ということなのだろう

癒しのオルゴール★ 「 YELL 」いきものがかり

今年はこの曲が選ばれたそうです




前にここにも書いたけど、僕もその真似事をしたことがあった
高校生の時に交通事故の被害者の話を聞いて、新聞社を通じて2000円寄付したことがあった
それは市民版に小さな記録として記してあった
そして弟を亡くした後、10代の終わりから数年間?だったと思うが
やはり新聞社の社会事業団を通して、最初は2000円からスタートしてやがて3000円を毎月送り続けたこと
白血病の研究費として・・・
チャンチャラおかしいでしょ
なぜ辞めたかと言ったら、当時愛知医大というところで汚職事件があった
その金額を見て目が覚めたわけだ
自分がいかに自己満足だけのために無駄なことどころか事業団の人には迷惑な仕事をさせてしまってたか
20代の中頃にそんなことを悟った
結局「徳を積む」ことはできなかったわけだ

一つのことを51年間続ける
しかもそれを喜んでくれる人がいる
ああ、徳を積むことの難しさよ
今更もうできない。。

ただ、僕には一つ今になっての小さな自己満足がある
それは白血病が克服できる病気になりつつあること
あの時僕が流した涙を流さなくて済む人がいること
それを望んでしてたことだから

 自分の力じゃないのにねぇ(笑) 
    (↑雪文字)

コメント (6)
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