早くも今年も半分近く。ちょうど Mixi の方で「日本のロック30選」という企画に参加することになったので、何と1月15日の日付未完成で放っておいた記事を完成させて掲載します。まず、1月15日下書きを後半、投げ出したテキスト断片もそのまま。
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日曜に行ったすばらしい祭のことを早いうちに。
飲んだくれ正月を送るのにぴったりの祭を知ったのは少し前、8月にあったという第1回のブログ記事を読んだから。
深谷市内在住の突然ダンボールは高校の頃、NHK-FMで録音した『ホワイトマン』で知ってはいて、それが生まれた市に住んでいることはその後に『ミュージックマガジン』で知ったたが、その後は多分ディスクユニオンあたりで買った中古の『成り立つかな』もきいたくらいだ。それでも贋東京駅の深谷ステーションというプログレッシヴなロケーションで1500円というところも気に入り、前夜をともに過ごしたOB・Y君を誘って出かけた。
オンタイムに駅に行くと、Y君は深谷名物ぽてとやちゃんぽんを食べている。そそくさと、何度も利用しているのに全然知らなかったギャラリーというのに行くと、一般に「ロック」というにはややジミーな若者が少々黙って。先着100名と書いてあったのに「0037」の出入り券をもらい、ちゃんぽんを持ち込んでいいかときくと、「ごみはちゃんと捨てて下さい」。大人なアティテュードじゃないか。
会場は学校の教室くらいで、素っ気のない内装もそんな感じ。そうだ、確かこれはJRじゃなく、箱物行政を批判されて現職に敗れた前市長時の賜物だったような気がする。行政色濃いイスに人々が腰掛けた様子は、数十年前の高校文化祭、教室ライブの風情だ。
と、思う間にずいぶん派手な観客もいるなと思った、『チェリーボンブ』でおなじみランナウェイズのヴォーカルのごときブロンド美女がKORGエレピの前に座り開演。では、セットチェンジにも時間かからない15時から17時半までの素敵な演奏を、記憶の中で再現してみよう。
すべて初めてみた出演者は、突然ダンボール蔦木さんの公式ブログをご覧ください(http://18837565.at.webry.info/200701/article_2.html)。
◆Majjulla hal-re:【マユラハルリ】
初々しさと前衛の、不安定だけど幸福な邂逅。キーボード舞台中央客席真正面で歌うなんてブライアン・ウィルソンくらいしか思いつかないが、それだけまっすぐに歌いたいことを伝えたいのだろう。
ほとばしる情念と、それを広げていこうとした結果の複雑な構成。それと不似合いなリズムの定まらなさや多分ミストーンが、今この時だけを切り取ろうとしていた鮮烈だった。
◆Emile
こちらはJ-JHSイングリッシュで客席を煙に巻くだけのエンターテインメント力で、それでもやはり不安定でいて、とはいえ余裕を感じさせるガレージロックでVo、Bが女性。
今回の中ではもっともひねりの少ない演奏ではあるが、それももとはひねっていたのが戻ってきてこの音になったという印象の、ごきげんロック・ポップ&トーク。
◆おにんこ!
「フロム・シアトル!」と紹介された Emile に対して「フロム・深谷&本庄」とアピールの、これも女性Vo。『おにんこは東京が嫌い』などという歌も歌っていたこのバンドは、30年前のカーテンからつくられたようなビューティフルなご衣装の通り、ジャパニーズ不思議いいとこ取りのサウンドで、実はすごく勉強熱心な感じは、サポートで2度見てアルバムも2枚買った ooioo を思い出す。
ゲストで帽子の若者が登場。ロバート・フィリップやエイドリアン・ブリューのような幾何学的フレーズに、アンディ・パートリッジの切れを感じさせる、この日最高のギターワーク。
◆トキメキ泥棒
すごい。たとえば神田・いもやのような見事なとんかつを、私は「すき間の芸術」と呼んでいるのだが、このバンドのサウンドはすさまじいばかりの“すき魔力”。黒っぽく冷徹でソリッドなリズム隊に、音数を極端に抑えたギターと、ふわふわした女性Voが、絶妙のすき間を屹立させる。
それは硬くもなく柔らか過ぎずで不動の豚肉と、その旨みを逃がさないように最高のポジションで包みこみながら、自らも決して妥協しない衣がつくりあげる最上質のとんかつのように、甘く辛子もきいて、ジューシーでさくさくして、つまりごちそうなのだ。時めく。
◆石川浩司(exたま)
有名度ではナンバーワン。絶妙のトークとミュージックで、観客をおかしくかなしい幸福な世界に連れて行き、終わった時に近くの誰かの、「プロだねえ」という呟きがその水準を物語る。
お笑い番組はほとんどみたことはない私も大笑いしたのだが、そのすばらしさはある意味、この祭典を象徴するものなので後でまた触れよう。
◆突然段ボール
前衛にも風格がある、という印象は、やはり昨年の正月にみた山下洋輔の室内楽団八向山を思い出す。いや、先ごろ他界したジェームス・ブラウンといっていいかも。自信にあふれて楽しそうで、実はエンターテインメントにもあふれているから。
『ホワイト・マン』はやらないのと思ったらアンコール。25年前にFMで録音して何度もきいたのとはずいぶん違った印象で、こういうと失礼かも知れないが昔のストーンズの『ホンキー・トンク・ウィメン』を思い出すゆったり感だった。
この幸福な4時間あまりが何だったのかを考えるのには、きっと私個人の“ロック観”を語らねばなるまい。
私にとってのロックとは、端的にいえば「違うを探す」を信じることである。
唐突だがここで思い出すのは、かつて働いていた公立中学で、あるベテラン女性教諭が問題生徒に関していった、「なんでひとと違うかっこうしたがるんかね」という一言だ。善意ある言動で戦後民主公教育を支えてきた教諭のその価値観を、もちろん「間違っている」とはいわない。だが、彼女の理解が及ばない「ひとと違いたい」は、特に自己を模索する時期である十代なら、例えばダーヴィニズム的な観点からしても、歴史社会学的な視点からしても当然であり、むしろ健全なあり方ではないのか。そして、「ひとと同じでありたい」と思う模範的な心性よりも「ひととは違いたい」と思う魂の方にこそ私はシンパシーを感じている。
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どうせ酔っ払って書いていたに違いなく、6月に読むには暑苦しくもあるものの、レビューはともかく後半の「ロック観」についてもう一度。
一般に「ロック=騒々しい、激しい」というイメージは強い。けれど私にとって中学校の時にビートルズと出会ってからの「ロック」は、激しいかどうかより、どれだけ“発明”があるかどうかだった。
ポピュラー音楽史的にみれば、ブルースを基本にした8ビートとして始まったロック。構造自体が単純なだけに、クラシックやらジャズやら中南米音楽やら地上のすべての音楽を飲みこみつつ、“深める”垂直方向より“広げる”水平方向に大きくなることで発展してきたように思う。もちろんクラシックやジャズがそうでないとはいわないが、ロックはもともと「単純」な上、しかもそのうち「演奏はうまくなくてもいい」という自由さも拍車をかけかこともあり「発明」の重要度はだんだん大きくなっていった。
ここで二つの文を引用。
最初は数年前にJ-WAVEでやっていた番組で細野晴臣が語った次の言葉。確かボブ・マーリイがよく使う、「(ウン)カッツーン」についてだったと思う。
「結局、音楽って、“発明”が一つでもあれば十分なんだよね」(記憶につき引用不正確)
もう一つはこの半年の間に読んだ須賀敦子『ヴェネツィアの宿』で知った、サン=テクジュペリ。
「建築成った伽藍内の堂守や菓子椅子係の職に就こうと考えるような人間は、すでにその瞬間から敗北者であると。それに反して、何人にあれ、その胸中に建造すべき伽藍を抱いている者は、すでに勝利者なのである」(『戦う操縦士』堀口大學訳)
たとえば私も、フジロックなど大掛かりないわゆる「夏フェス」に行くこともあるし、東京ドーム級のコンサートでたくさんのオーディエンスとありがちな連帯感を味わうこともある。それはビジネスとしてのロックが産み出した、幸福な時間といえるだろう。
だがたとえばここ数年、年に何度か行っている、そう売れているわけではないが実力はあるミュージシャンの演奏にただで触れられてお得な公開番組NHKFMライブビート、その505スタジオという30年くらいは経っているだろうホールで誰に話しかけるわけでなく床に座って膝を抱えるそう多い数でない若者、普段はあまりいいことのなさそうな若者の群れをみた時に思った。
こうやって、CDもあまり売れないような音楽にたどり着き、なぜか愛してしまう君たちは正しい。なぜなら、「みんながきくから」「流行ってるから」「知ってるから」といって選んだならこの場所にはいないはずだからだ。君たちは「自分の好きな音楽」を探してたら、ここにやって来てしまったはずだ。
そして深谷ロックフェスティバル。決して普通の意味では「激しい」といえない演奏をきいて、たとえば西海岸パンクをきいている若者はこんなのロックじゃないというかも知れない。フォークギター一本でペーソスあふれる笑いの渦を広げていく石川浩司の音楽を、お笑いと感じても不思議はないだろう。「たま」のヒットからもう15年ほど経っている。
しかし石川は客席に向かっていう、「ロックフェスなのに、軽いからフォークギターで来ちゃいました」「ボクだって最初はビートルズみたいなことをやってたんですよ。でもだんだんこうなっちゃったんですよ」。“こうなっちゃった”こそ、“ロック”ではないか。
たとえばベートーヴェン。あの形式主義の時代にその形式を突き破っていった『第九』の狂喜は、まさに「ロック」そのものだ。「ロックンロール!」「パンクスピリット!」と無邪気に叫ぶばかりで、誰かがつくった黄金の技に寄りかかった演奏で、たとえば「詞と曲」というミニマムな武器を磨きに磨いていたニューミュージック黄金期や、はたまた誰もが知っている学校教育ソングを歌うことが、どれだけ「ロック」からかけ離れた行為なのか。
宗教にも似た「ロック」の私なりの定義は、「“違う”を信じるということ」。回転のかかったボールが向かい風を受けてとんでもない方向に曲がっていくように、自分の求めるかたちを求める結果として、誰も思ってもみない場所に着地した音、それを「ロック」と呼びたい。
だから、「“違う”を信じるもの」たちよ、となりの誰かと同じでないからといってさびしいことはない、“違う”を信じるということだけは共通しているのだ。
というのが、深谷ロックフェスティバルできいた、すばらしく変わった音たち、大騒ぎするわけでもなくきいている人々をみて思ったこと。
そう、いっしょに行ったOB・Y君と、よしじゃあ今度バンドをやって、いつかこのフェスティバルに出してもらおう、ラーメン屋で話し合ったのでした。
音楽はなだらかでよかったのに何だか興奮。行ってることに反して、リストアップ中の「日本のロック30選」は軟弱です。
追記:と思って突然段ボールのブログをみると8月18日に第3回だそうです。
http://18837565.at.webry.info/200706/article_14.html
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日曜に行ったすばらしい祭のことを早いうちに。
飲んだくれ正月を送るのにぴったりの祭を知ったのは少し前、8月にあったという第1回のブログ記事を読んだから。
深谷市内在住の突然ダンボールは高校の頃、NHK-FMで録音した『ホワイトマン』で知ってはいて、それが生まれた市に住んでいることはその後に『ミュージックマガジン』で知ったたが、その後は多分ディスクユニオンあたりで買った中古の『成り立つかな』もきいたくらいだ。それでも贋東京駅の深谷ステーションというプログレッシヴなロケーションで1500円というところも気に入り、前夜をともに過ごしたOB・Y君を誘って出かけた。
オンタイムに駅に行くと、Y君は深谷名物ぽてとやちゃんぽんを食べている。そそくさと、何度も利用しているのに全然知らなかったギャラリーというのに行くと、一般に「ロック」というにはややジミーな若者が少々黙って。先着100名と書いてあったのに「0037」の出入り券をもらい、ちゃんぽんを持ち込んでいいかときくと、「ごみはちゃんと捨てて下さい」。大人なアティテュードじゃないか。
会場は学校の教室くらいで、素っ気のない内装もそんな感じ。そうだ、確かこれはJRじゃなく、箱物行政を批判されて現職に敗れた前市長時の賜物だったような気がする。行政色濃いイスに人々が腰掛けた様子は、数十年前の高校文化祭、教室ライブの風情だ。
と、思う間にずいぶん派手な観客もいるなと思った、『チェリーボンブ』でおなじみランナウェイズのヴォーカルのごときブロンド美女がKORGエレピの前に座り開演。では、セットチェンジにも時間かからない15時から17時半までの素敵な演奏を、記憶の中で再現してみよう。
すべて初めてみた出演者は、突然ダンボール蔦木さんの公式ブログをご覧ください(http://18837565.at.webry.info/200701/article_2.html)。
◆Majjulla hal-re:【マユラハルリ】
初々しさと前衛の、不安定だけど幸福な邂逅。キーボード舞台中央客席真正面で歌うなんてブライアン・ウィルソンくらいしか思いつかないが、それだけまっすぐに歌いたいことを伝えたいのだろう。
ほとばしる情念と、それを広げていこうとした結果の複雑な構成。それと不似合いなリズムの定まらなさや多分ミストーンが、今この時だけを切り取ろうとしていた鮮烈だった。
◆Emile
こちらはJ-JHSイングリッシュで客席を煙に巻くだけのエンターテインメント力で、それでもやはり不安定でいて、とはいえ余裕を感じさせるガレージロックでVo、Bが女性。
今回の中ではもっともひねりの少ない演奏ではあるが、それももとはひねっていたのが戻ってきてこの音になったという印象の、ごきげんロック・ポップ&トーク。
◆おにんこ!
「フロム・シアトル!」と紹介された Emile に対して「フロム・深谷&本庄」とアピールの、これも女性Vo。『おにんこは東京が嫌い』などという歌も歌っていたこのバンドは、30年前のカーテンからつくられたようなビューティフルなご衣装の通り、ジャパニーズ不思議いいとこ取りのサウンドで、実はすごく勉強熱心な感じは、サポートで2度見てアルバムも2枚買った ooioo を思い出す。
ゲストで帽子の若者が登場。ロバート・フィリップやエイドリアン・ブリューのような幾何学的フレーズに、アンディ・パートリッジの切れを感じさせる、この日最高のギターワーク。
◆トキメキ泥棒
すごい。たとえば神田・いもやのような見事なとんかつを、私は「すき間の芸術」と呼んでいるのだが、このバンドのサウンドはすさまじいばかりの“すき魔力”。黒っぽく冷徹でソリッドなリズム隊に、音数を極端に抑えたギターと、ふわふわした女性Voが、絶妙のすき間を屹立させる。
それは硬くもなく柔らか過ぎずで不動の豚肉と、その旨みを逃がさないように最高のポジションで包みこみながら、自らも決して妥協しない衣がつくりあげる最上質のとんかつのように、甘く辛子もきいて、ジューシーでさくさくして、つまりごちそうなのだ。時めく。
◆石川浩司(exたま)
有名度ではナンバーワン。絶妙のトークとミュージックで、観客をおかしくかなしい幸福な世界に連れて行き、終わった時に近くの誰かの、「プロだねえ」という呟きがその水準を物語る。
お笑い番組はほとんどみたことはない私も大笑いしたのだが、そのすばらしさはある意味、この祭典を象徴するものなので後でまた触れよう。
◆突然段ボール
前衛にも風格がある、という印象は、やはり昨年の正月にみた山下洋輔の室内楽団八向山を思い出す。いや、先ごろ他界したジェームス・ブラウンといっていいかも。自信にあふれて楽しそうで、実はエンターテインメントにもあふれているから。
『ホワイト・マン』はやらないのと思ったらアンコール。25年前にFMで録音して何度もきいたのとはずいぶん違った印象で、こういうと失礼かも知れないが昔のストーンズの『ホンキー・トンク・ウィメン』を思い出すゆったり感だった。
この幸福な4時間あまりが何だったのかを考えるのには、きっと私個人の“ロック観”を語らねばなるまい。
私にとってのロックとは、端的にいえば「違うを探す」を信じることである。
唐突だがここで思い出すのは、かつて働いていた公立中学で、あるベテラン女性教諭が問題生徒に関していった、「なんでひとと違うかっこうしたがるんかね」という一言だ。善意ある言動で戦後民主公教育を支えてきた教諭のその価値観を、もちろん「間違っている」とはいわない。だが、彼女の理解が及ばない「ひとと違いたい」は、特に自己を模索する時期である十代なら、例えばダーヴィニズム的な観点からしても、歴史社会学的な視点からしても当然であり、むしろ健全なあり方ではないのか。そして、「ひとと同じでありたい」と思う模範的な心性よりも「ひととは違いたい」と思う魂の方にこそ私はシンパシーを感じている。
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どうせ酔っ払って書いていたに違いなく、6月に読むには暑苦しくもあるものの、レビューはともかく後半の「ロック観」についてもう一度。
一般に「ロック=騒々しい、激しい」というイメージは強い。けれど私にとって中学校の時にビートルズと出会ってからの「ロック」は、激しいかどうかより、どれだけ“発明”があるかどうかだった。
ポピュラー音楽史的にみれば、ブルースを基本にした8ビートとして始まったロック。構造自体が単純なだけに、クラシックやらジャズやら中南米音楽やら地上のすべての音楽を飲みこみつつ、“深める”垂直方向より“広げる”水平方向に大きくなることで発展してきたように思う。もちろんクラシックやジャズがそうでないとはいわないが、ロックはもともと「単純」な上、しかもそのうち「演奏はうまくなくてもいい」という自由さも拍車をかけかこともあり「発明」の重要度はだんだん大きくなっていった。
ここで二つの文を引用。
最初は数年前にJ-WAVEでやっていた番組で細野晴臣が語った次の言葉。確かボブ・マーリイがよく使う、「(ウン)カッツーン」についてだったと思う。
「結局、音楽って、“発明”が一つでもあれば十分なんだよね」(記憶につき引用不正確)
もう一つはこの半年の間に読んだ須賀敦子『ヴェネツィアの宿』で知った、サン=テクジュペリ。
「建築成った伽藍内の堂守や菓子椅子係の職に就こうと考えるような人間は、すでにその瞬間から敗北者であると。それに反して、何人にあれ、その胸中に建造すべき伽藍を抱いている者は、すでに勝利者なのである」(『戦う操縦士』堀口大學訳)
たとえば私も、フジロックなど大掛かりないわゆる「夏フェス」に行くこともあるし、東京ドーム級のコンサートでたくさんのオーディエンスとありがちな連帯感を味わうこともある。それはビジネスとしてのロックが産み出した、幸福な時間といえるだろう。
だがたとえばここ数年、年に何度か行っている、そう売れているわけではないが実力はあるミュージシャンの演奏にただで触れられてお得な公開番組NHKFMライブビート、その505スタジオという30年くらいは経っているだろうホールで誰に話しかけるわけでなく床に座って膝を抱えるそう多い数でない若者、普段はあまりいいことのなさそうな若者の群れをみた時に思った。
こうやって、CDもあまり売れないような音楽にたどり着き、なぜか愛してしまう君たちは正しい。なぜなら、「みんながきくから」「流行ってるから」「知ってるから」といって選んだならこの場所にはいないはずだからだ。君たちは「自分の好きな音楽」を探してたら、ここにやって来てしまったはずだ。
そして深谷ロックフェスティバル。決して普通の意味では「激しい」といえない演奏をきいて、たとえば西海岸パンクをきいている若者はこんなのロックじゃないというかも知れない。フォークギター一本でペーソスあふれる笑いの渦を広げていく石川浩司の音楽を、お笑いと感じても不思議はないだろう。「たま」のヒットからもう15年ほど経っている。
しかし石川は客席に向かっていう、「ロックフェスなのに、軽いからフォークギターで来ちゃいました」「ボクだって最初はビートルズみたいなことをやってたんですよ。でもだんだんこうなっちゃったんですよ」。“こうなっちゃった”こそ、“ロック”ではないか。
たとえばベートーヴェン。あの形式主義の時代にその形式を突き破っていった『第九』の狂喜は、まさに「ロック」そのものだ。「ロックンロール!」「パンクスピリット!」と無邪気に叫ぶばかりで、誰かがつくった黄金の技に寄りかかった演奏で、たとえば「詞と曲」というミニマムな武器を磨きに磨いていたニューミュージック黄金期や、はたまた誰もが知っている学校教育ソングを歌うことが、どれだけ「ロック」からかけ離れた行為なのか。
宗教にも似た「ロック」の私なりの定義は、「“違う”を信じるということ」。回転のかかったボールが向かい風を受けてとんでもない方向に曲がっていくように、自分の求めるかたちを求める結果として、誰も思ってもみない場所に着地した音、それを「ロック」と呼びたい。
だから、「“違う”を信じるもの」たちよ、となりの誰かと同じでないからといってさびしいことはない、“違う”を信じるということだけは共通しているのだ。
というのが、深谷ロックフェスティバルできいた、すばらしく変わった音たち、大騒ぎするわけでもなくきいている人々をみて思ったこと。
そう、いっしょに行ったOB・Y君と、よしじゃあ今度バンドをやって、いつかこのフェスティバルに出してもらおう、ラーメン屋で話し合ったのでした。
音楽はなだらかでよかったのに何だか興奮。行ってることに反して、リストアップ中の「日本のロック30選」は軟弱です。
追記:と思って突然段ボールのブログをみると8月18日に第3回だそうです。
http://18837565.at.webry.info/200706/article_14.html