巷はお盆休み。
都市部から地方出身者が一同に各地元へと帰るこの時期は束の間ではあるが、東京も静かな街へと変貌する(局所的に普段よりも人でごった返す場所もあるが…)
この人通りが減った街中を歩いていると、新型コロナの緊急事態宣言時を思い出す。
マスクこそしていたものの、就業時間はそのままだし、テレワークなどでの在宅ワークもなし。今と全く同じ環境、同じリズムで働いていた当時の僕は街行く人の増減を目の当たりにしていた。
エッセンシャル ワーカー(必要不可欠な労働者)と聞こえの良い呼ばれ方をされながら、感染リスクを覚悟して働く人々。多少の不便さはありながらも、実はその一部の働く人たちだけで回ってしまうことがわかった(わかってしまった)社会。
実は大多数の労働は付加価値的な労働であって、緊急を要する必要不可欠な労働ではないのではないか?
自分の職場などは開店休業状態だったので「あまり必要ではないのかしら?」と大いに疑問を感じたものだ。
この一極集中した大都会はモノで溢れているわりに、幸福度がすこぶる低いといわれる。
過度な競争を強いられ、あくせく働いているわけだが、それは本当に必要なのだろうか?
いくらか人が減った街中を歩きながら、コロナ禍でぼんやり考えていたことを思い出した。
都市部から地方出身者が一同に各地元へと帰るこの時期は束の間ではあるが、東京も静かな街へと変貌する(局所的に普段よりも人でごった返す場所もあるが…)
この人通りが減った街中を歩いていると、新型コロナの緊急事態宣言時を思い出す。
マスクこそしていたものの、就業時間はそのままだし、テレワークなどでの在宅ワークもなし。今と全く同じ環境、同じリズムで働いていた当時の僕は街行く人の増減を目の当たりにしていた。
エッセンシャル ワーカー(必要不可欠な労働者)と聞こえの良い呼ばれ方をされながら、感染リスクを覚悟して働く人々。多少の不便さはありながらも、実はその一部の働く人たちだけで回ってしまうことがわかった(わかってしまった)社会。
実は大多数の労働は付加価値的な労働であって、緊急を要する必要不可欠な労働ではないのではないか?
自分の職場などは開店休業状態だったので「あまり必要ではないのかしら?」と大いに疑問を感じたものだ。
この一極集中した大都会はモノで溢れているわりに、幸福度がすこぶる低いといわれる。
過度な競争を強いられ、あくせく働いているわけだが、それは本当に必要なのだろうか?
いくらか人が減った街中を歩きながら、コロナ禍でぼんやり考えていたことを思い出した。