「バーガーキング」を展開するビーケージャパンホールディングス(東京・千代田)が奇抜なマーケティングで攻めている。
巨人マクドナルドを看板やポスターでひっそりいじり、見つけた消費者がSNSで拡散する。旗を振るのは野村一裕社長だ。おちゃらけ発想でファンを増やし、店舗数も4年で倍増。日本での低迷に終止符を打とうとしている。
「店舗を増やしたいのですが、物件探しに困っています。バーガーキングにぴったりの空き物件をぜひ紹介してください」。1月、バーガーキング公式アカウントのこの投稿が、X(旧ツイッター)でバズった。
紹介された物件が成約に至った場合、10万円を支払うという太っ腹な内容。1万1000回リポストされ、応募数は7万8000件を超えた。
ビーケージャパンは現在224店の店舗数を2028年末までに約3倍の600店にする計画を掲げる。
「○○市に出店してほしい」「○○に空きテナントがある」。寄せられた物件をマップに落として精査し、秋以降に成約実現を目指す。
この企画の立案者が野村社長だ。「きっかけはお金のなさ。広告費用や仲介手数料、日本全国を開発担当者が探し回る手間を考えれば10万円は安い」とにんまりする。
野村社長はキリンビールで約10年間、営業を担当。経営学修士号(MBA)を取得し、商品マーケティング部門に異動した。
メーカーなど数社を経て19年にビーケージャパンに入社し、23年1月から社長を務めている。
野村社長は自分たちを「教室の隅にいるユニークな子」と位置づける。全国に約3千店を展開するマクドナルドが「生徒会長」だとすれば、バーガーキングは「常に目立つわけではないが、話を振れば気の利いた返しをするやつ」。
店舗数は19年末比で2倍にはなったが、まだマクドナルドの1割に満たない。「僕らはマックがつくった土台の上で強気に攻める」
野村一裕社長はキリンビールでマーケティングを担当した
巨人を意
識したゲリラ戦はしばしば話題を呼ぶ。その象徴が、20年に東京・秋葉原の店頭に掲げたポスターだ。
2軒隣にあったマクドナルドが閉店するのに合わせたもので、「22年間たくさんのハッピーをありがとう」という言葉とともに深くお辞儀をするクルーの絵が描かれている。一見マクドナルドへの感謝を示すように見えるが、書かれた文章の左端を縦読みすると「私たちの勝チ」という文が現れる。
広告効果は3億円
野村社長は「一度は怖じ気づいて別のコピーを考えたが、バーガーキングのモットーは『大胆で強気』。
当時は100店にも満たない規模で、マックは僕らのことなんて気にもかけていないと思い、このコピーを選んだ」と明かす。SNS上で否定的な意見を含めて盛り上がり、テレビなどへの露出から計算した広告効果は3億円にもなった。
23年にはマクドナルド渋谷センター街店の向かいに新商品「ビッグベット」を宣伝する屋外広告を設置。道から見ると文字やバーガーの写真がゆがんで見えるが、マクドナルドの同店の客席からは違和感なく見えるしかけで、「正面から大勝負!」の文字も際立つ。
バーガーキングのXの公式アカウントは、普段は商品PRやキャンペーンの紹介など至ってまじめ。むしろマクドナルドの方が「ギュウギュウより牛でしょ」といったダジャレや、針穴にポテトを通すゲーム企画など遊びのある投稿が多い。
バーガーキングが仕掛けの主戦場に据えるのは、リアルの場だ。「お金がないのでSNSに数十万円の広告費をかけるかどうかも悩む。企画をとがらせ、お客さんに見つけてもらう方が心に残り、楽しんでもらえる」(野村社長)
北沢に店を「作ってくれや」というSNS投稿に「作ってんで!」と返信。双方を印刷して開店準備中の店舗に貼り付けた
例えば19年、開店準備中の下北沢店のガラスに、2つのSNS投稿を大きく印刷して張り出した。
消費者が以前に投稿した「バーガーキング下北沢店作ってくれや」、そして公式アカウントからの返信「作ってんで! オープン初日にお待ちしています」。現地で目にした人々が次々と写真を撮って投稿した。
直近では4月、渋谷センター街店のガラスが突如、落書きまみれに。そばには「渋谷を守るスタッフ緊急募集」というポスターが掲げられていた。
実はこれは人気アニメ「WIND BREAKER」とのコラボ企画。不良高校生が街を守るというストーリーに合わせ、翌日には落書きは消えて主人公たちのイラストが窓を飾った。
「色々と仕掛けているがバットにあたるのは2割程度」(野村社長)。クリスマス限定商品として1人前セットを用意、(1人)ぼっちがバレる「ぼっちバーレる」と名付けて販売したことがある。
この時に渋谷センター街店のグーグルマップ上の店名をぼっち男性の意味で「渋谷ロンリー街(ガイ)店」とひっそりと変えたが、全く気付かれずに終わった。
価格戦略でもマクドナルドを意識する。1月12日、マクドナルドは全体の3割の商品の値上げを発表。
それを見越していたかのようにバーガーキングは12〜18日に2種のバーガーが2個で600円、通常価格から43%引きとなるキャンペーンを打ち出していた。開始3日間の売上高は前週の同期間と比べ3割増えた。
野村社長は「まさかここまで完璧に当たるとは」としたうえで、「マックは毎年同じようなタイミングで値上げや新商品を発表するので、予想して企画をぶつけている。
キリンビールにいたからこそ大手の手法は分かる」と満足げだ。
「オールデイ・キング」と称するお得感のあるセットはバーガー、フレンチフライ、ドリンクで550円から展開。
一方でボリュームがある高単価バーガーも充実させ、セットの最高額は1490円に達する。マクドナルドの500〜850円(レギュラーメニューのみ)に対して幅広く、メニューミックスで利益を確保する戦略を採る。
日本市場で迷走30年
バーガーキングは100カ国以上で1万9500店以上を展開し、ハンバーガーチェーンではマクドナルドに次ぐ規模だ。
じか火で焼いたスモーキーなビーフパティのファンは多く、看板商品の「ワッパー」(日本では590円)は一般的なバーガーの1.4倍の大きさで食べ応えがある。
ところが日本市場では迷走を続けてきた。1993年に西武グループが米バーガーキングとフランチャイズチェーン契約を結び、日本1号店を開いた。
その後、日本たばこ産業(JT)、ロッテとリヴァンプの共同出資会社と運営主体が変わり、2010年には韓国ロッテリアが運営会社を買収。17年に香港の投資ファンド、アフィニティ・エクイティ・パートナーズが運営権を獲得し、ビーケージャパンを設立した。運営主体としては「5度目の正直」だ。
過去はデフレ下の価格競争に敗れたり、採算の取りやすい規模まで引き上げられなかったりと、日本市場で存在感を示すことはできなかった。
「マクドナルドはハンバーガーを日本に国民食として根付かせたが、おいしい『バーガー』を紹介しきれているかは疑問。
僕らは味のこだわりを前面に出し『これがアメリカのバーガーだ』と広めていきたい。店舗数を増やすことでマクドナルドとグルメバーガーのつなぎ役になれれば」と野村社長は語る。
チェーン店は「マック」「スタバ」など愛称で呼ばれることが人気の一つの証明となる。
数々の話題づくりで、SNSではバーガーキングの愛称「バーキン」のハッシュタグをつけた投稿が目立つようになってきた。味や店舗での体験など、本筋でもバーキンならではの価値を訴求していけるか。野村社長の腕が試される。
(佐藤優衣)
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ひとこと解説
バーガーキングの広告キャンペーンはSNSで話題になること多々なので、いつも注目しています。
“「色々と仕掛けているがバットにあたるのは2割程度」”というぶっちゃけに勇気をもらいました。
なお、アメリカではさらに「対マクドナルド」を鮮明に打ち出しており、最近だと「Whopper Detour(ワッパーの回り道)」という施策が有名。
マクドナルド店舗の半径200メートル以内に入るとアプリからプッシュ通知が届き、看板商品「ワッパー」が1セントで買えるオファーが提示されるというもの。
この攻めたアイデアに、世界的な広告祭・カンヌライオンズの最高賞にあたるチタニウム部門グランプリが授与されたのでした。