リンムーの眼 rinmu's eye

リンムーの眼、私の視点。

おやつとちんみ

2007-11-16 | book
杉浦日向子著『4時のおやつ』『ごくらくちんみ』(新潮文庫)読む。
二冊とも「食」にまつわる掌編小説集。
小説といっても、とりたててストーリーがあるわけでもない。
ありふれた人生のシーンを、何気ない会話で浮かび上がらせる。手練の文章だ。
扱われているお菓子、珍味は、正直、ほとんど食べたことがない。
柳屋のたい焼き、梅むらの豆かん、青ムロくさや、たたみいわし・・・。
かなり通好みのセレクトだが、不思議とスノッブな感じがしない。
それは多分、杉浦日向子には、最近の流行語で言うならば、「女性の品格」があるからだろう。
最良の江戸文化紹介者であった杉浦日向子は、2005年に亡くなった。『ごくらくちんみ』が遺作となった。
「食」を通しての生きる歓びが二作のテーマだが、人生の機微と死生観が、晩年のこの二作には、ふとした描写に織り込まれている。

 「ホリウチさん、通勤の電車の中で、東京離れようって決めたって言ってたっけ。誰も彼も無表情に混雑に耐えて、職場に運ばれていく。それがさ、スーパーで売ってる冷凍のイカみたいな顔付きだって。なんかショックだよね。それ、ゾッととする。
 「あいつらしいよ。こちとら冷凍イカとしちゃあ、一言あるよ。あいつ、能面の無表情の中に、無限の表情があるって、気が付かなかったんだ」
                           『4時のおやつ』より

 たいしたことない。裕福に暮らそうが、倹しく暮らそうが、長生きしようが、短命だろうが。たいしたことない。
 祖父は、自分自身の人生をたいしたことがなかった、と言ったのではなく、三途の川が、ちょろっとした一跨ぎの景色だったのではなかったかと今になって思う。
 世界中で、生まれては死んで、死んでは生まれる。日常茶飯。殺したり殺されたりは番外だろうが、生まれた限り死は約束。たいしたことない。たいしたことであるはずがない。
                          『ごくらくちんみ』より

おやつのようにさりげない、珍味のように味わい深い杉浦日向子の文章を、通勤時間の合間に、一日の終わりのベッドサイド読書に、おやつ感覚で、酒のつまみ感覚で、サクッと、ちびちびと読んでみることを、おすすめする。

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