リンムーの眼 rinmu's eye

リンムーの眼、私の視点。

小出楢重について

2010-09-23 | art
小出楢重という画家がいた。
あまり有名ではないかもしれないが、日本洋画史に大きな足跡を残している。
僕は2、3点、実物の絵画を見た経験があるが、そのときには特に関心を持っていなかった。
が、近年になって小出楢重に対する関心が俄然高まった。
何をきっかけにしてなのか、よく分からない。
いつからか彼の存在が、僕の関心領域で大きくクローズアップされてきた。
なので、小出楢重についてひとまず何か記しておこうと思った。

小出楢重の絵には、まず谷崎潤一郎『蓼食う虫』の新聞連載時の挿絵で目にしたのが、最初だった。
岩波文庫版には、「近代挿絵史上の傑作」といわれる挿絵が全点採録されている。
同じように挿絵が全点採録されている永井荷風『墨東綺譚』の木村荘八や、谷崎作品の『鍵』(こちらは中公文庫版)の棟方志功のように、絵画の大御所の一人なんだろうという程度の認識だった。

『小出楢重と谷崎潤一郎』(春風社)という評論集の、谷崎と小出のコラボレーションに『蓼食う虫』の秘密があるとする仮説がたいへん面白かった。
『蓼食う虫』は、千代子夫人をめぐる谷崎と佐藤春夫との三角関係から発した「小田原事件」の私小説的要素や、後半の人形浄瑠璃を見物する場面から日本の伝統美に目覚めていくあたりに、関心が集まる作品だが、この評論集は、「小出楢重」という別の角度から作品を読み解く。
作品と不可分の関係である挿絵を描いた小出が、この作品成立のキーマンであるというのは、盲点だった。
小出楢重の作品に興味を持つきっかけとなった。

小出楢重は、名随筆家としても知られ、『小出楢重随筆集』が岩波文庫で編集されている。
随筆を読んだ印象は、いわゆる美文というわけではなく、勘所を得た、言いたいことを過不足なく言い表す文章で、谷崎の随筆と感触が近い。
この文庫にも、挿絵が多く収録されており、小出楢重のパーソナリティを知るには格好の一冊だった。

小出楢重に関しては、岩坂恵子著『画家小出楢重の肖像』(講談社文芸文庫)という評伝がある。
小出の生涯を追う評伝ではあるのだが、ゆかりの地を訪ね、現在の光景と小出が見たであろう情景を重ね合わせ思いをはせる紀行文ふうの構成にもなっている。
著者自身が小出と同じ関西出身ということもあって、小出と家人との会話が関西弁で再現されていたりもする。
こういう創作したモノローグは、ノンフィクションとしては掟破りな気もするが、これはこれで効果を上げている。

小出楢重の作品をまとまって見られる機会は少ない。
岩坂も、数枚の代表的な絵を手がかりに、小出作品の魅力に迫っていく。

「図版でよく目にしていた絵は、実物に初めて接したときにすでに旧知であるような親しみが持てたりするものだが、肉眼で見ることによってしか感得できない何かがあるのも事実である。ああ、そうだったのか、というすぐには他の言葉で説明できない、ある感慨が絵を前にした私の胸に湧いた。」

いつか、小出作品のまとまった回顧展が見たいものだ。

「絵の前に立つと、頭のなかにしまわれていた言葉など霞のように消え去っていくのがわかった。絵は厳としてそこにあり、しかも力があった。言葉によって印象がゆらぐような、そんなものではなかった。私は楢重が描きあらわしたものをただ無心に受け入れればよかった。」

そのとき、小出作品の前で、このように書き連ねてきた言葉が、霞のように消え去ってしまうことを願う。

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