年輪
2018-01-26 | 雑記
自分はいいも悪くも、人の年齢を見誤る。
人を見る目がない。そう言ってしまえばそれまでなのですが、それまでなのです。
この人は自分よりも若いな、この人は自分よりも上だな。
大抵は自分基準だと思うのだけれど、それでことごとく見誤る。
それはきっと、己の年齢を見誤っているからなのだろう。
いやだがしかし、年相応がいまいちよく分からない。
周りにいる同年代を見渡しても、三者三様だ。
人間、四十年も生きていると、様々な苦楽があったりなかったり。そりゃ刻まれる年輪も様々であろうさ。
では果たして、自分の年輪はどんなふうに刻まれているのか?
たまに気になり「俺、いくつでしょう?」などとくだらないクエスチョンをかましてみると、ほぼ皆さん、正解を出す。
と、いうことは、自分の年輪は年齢どうりということ。
だから、私は自分の年輪を自分で見誤っているということ...あ、それはさきほど言いました。
で、結局なにが言いたいのかといえば、年齢なんてどうでもいいのかな、って。
見た目にしても、人それぞれのレンズの違いで変わるのだから。
人を見る目がない。そう言ってしまえばそれまでなのですが、それまでなのです。
この人は自分よりも若いな、この人は自分よりも上だな。
大抵は自分基準だと思うのだけれど、それでことごとく見誤る。
それはきっと、己の年齢を見誤っているからなのだろう。
いやだがしかし、年相応がいまいちよく分からない。
周りにいる同年代を見渡しても、三者三様だ。
人間、四十年も生きていると、様々な苦楽があったりなかったり。そりゃ刻まれる年輪も様々であろうさ。
では果たして、自分の年輪はどんなふうに刻まれているのか?
たまに気になり「俺、いくつでしょう?」などとくだらないクエスチョンをかましてみると、ほぼ皆さん、正解を出す。
と、いうことは、自分の年輪は年齢どうりということ。
だから、私は自分の年輪を自分で見誤っているということ...あ、それはさきほど言いました。
で、結局なにが言いたいのかといえば、年齢なんてどうでもいいのかな、って。
見た目にしても、人それぞれのレンズの違いで変わるのだから。