久々に友人の結婚式に出席した。
新郎以外顔見知りがいなかったのでかなり気疲れしたが、歳のせいだろうかとても感動した。演出もかなり凝っていて、神父の手に合わせカーテンが開き一面ガラス張りになり、誓いのキスとともに噴水が噴き上がる。
新婦の友人は感動で泣いている子も多かった。
なぜか、自分自身もみそがれていくような雰囲気に鳥肌が立った。
人の幸せが自分のことのように思え、人の思いに共感し感動できるようになったのは、それだけ自分も歳なのかなぁと。。。
関係ないが、なぜか見入ってしまったNHKの「コロンビア白熱教室」
盲目の教授シーナ・アイエンガーの講義模様が実に興味深かった。
人生は言わずもがな選択の連続である。
さらに、その集大成が今の自分。それは選択理論で教わった。
シーナの講義は、多くの実例を上げ選択は自由だということも言っていた。
アメリカの詩人、アーチボルト・マックリーシュの言葉がとても印象に残ったのだが、
ネットで検索しても出てこない。
選択できなければ、そこに自由はない。
常に僕らは選択できる自由を持っている。
それは、本当の自由と幸せを意味しているような気がした。
極限状態において、精神はもちろん不安定になるのだが、選択をしないというのは諦めるということであり、つまりそれは死を選択したことになる。
偶然や運命に身を任せるのではなく、自ら選択し生きていく。
ビル・ゲイツもスティーブ・ジョブズも松井秀樹も皆、選択して成功を掴んでいくというエピソードはとても共感できた。
長く生きることや、安全でいること、困ることがない生活。
それは、動物園の動物と同じである。
好きな時に海に行けて、好きな人に好きって言えて、好きな場所に暮らせる。
そんな普通のことができない人たちも世界中にはたくさんいる。
選べる自由を持っていながら、選択しないなんてナンセンスだよね。