旅が好き・そして日々の時間で気の付く事を。

旅では人々の生きた来た跡を訪ねてみたい。
時間が出来たので、今までにしなかった事に手を出してみようと思う。

説経節、聖地巡り 小栗判官を訪ねて 

2021-11-03 21:38:29 | 
2015年夏 藤沢市遊行寺に行きました。そのお寺は我等が伊予の守護河野氏から出た一遍さん(踊り念仏)の時宗のお寺です。
また、中世の遍歴芸人であった説経節の水上勉の「説経節」や塩見さんの「中世の貧民」を読み五説教の小栗判官の地を訪ねてみたいと思いました。
自分の芸が頼りでその日暮らしの中世の旅芸人、その日稼ぎがないと骸になる運命。今の世より絶対的な自己責任の格差社会。
しかし、明日は我が身と人と人とは優しかったのかも。

 説経節とは仏教の説話に節をつけて語られるようになったもの。「かるかや」「山椒大夫」 大阪南の俊徳丸や幼い頃グリコのオマケだったか友達の回し読みをした石童丸の物語など主なもの五説教が有るらしい。

神奈川県藤沢市にある時宗の総本山「遊行寺」一遍は伊予の豪族河野の出、正面に河野の紋「折敷三の字」がある。
 右側に時宗の開祖「一遍」さんの銅像がある。

 小栗と家来の墓

 照手姫の墓

 手足が動かず目も耳も効かない身体になり甦った小栗を「ひと引き引いたは千僧供養、二た引き引いたは、万僧供養」と熊野の「壺湯」へ、神仏の加護をたたえて、「ささら」を伴奏に語る説経節。
 旅の芸人が訪ねてくるのを土地の人達は待っていたと本には書かれています。中世は土地に縛られ、説教師の語る調子の良い道行きや好きな人と一緒になれない悪所の女や労働に労働に苦しめられた人達に、語られる復讐や恋は聞き手にどの様に響いたことだろうかと想像します。

2016年天王寺西門
 五説教の一つ「しんとく丸」浄瑠璃「摂州合邦ケ辻」謡曲「弱法師」、河内国高安(現在の八尾市)俊徳丸の伝説として伝わっている。先日、五条からの帰りJRの駅「俊徳道駅」に電車が止まった。
 春分の日と秋分の日は、四天王寺の西門(極楽門)と、西門の石の鳥居を結んだ直線状に夕陽が沈みます。病人・障害者・芸能民などが救いと来世を願いここに集まったとか。目の悪い俊徳丸の物語もあると掲示板に書かれていた。
小栗もきっと土車に乗せられてここを通っただろうと想像しています。
 照手は木曽川のほとりの宿場町「青墓」で小栗と会い、京都の入り口で照手と別れて、見せ場かな聞かせどころかな、都に入り大阪そして和歌山・田辺・熊野と引かれ、時には背負われて熊野本宮へ。湯の峰温泉「壺湯」に浸かり7日目で目が見え14日目で耳が効き49日目で元の身体に復活、小栗と照手の恋がの成就する。「青墓」も一度は行ってみたいがその跡は見られないとか。

 熊野本宮
  

壺湯

 2015年五箇山の合掌造りを旅した折、木の棒を階段状に削った棒「ささら」が展示されていた。説経節の画像に出ていたあれだと想像できた。ささら作りの技術はその後茶筅になり年末に「空也」関係の販売になるとか、空也堂では茶筅を藁束に挿して販売しているとか
ここでは硝石(NaNO3?)も作っていたと説明されていた。山の中の秘密にし易いところだからだろう。

 壺湯のある湯の峰温泉から、日本一長い乗り合いバスと言われる奈良交通の新宮~八木線の途中湯の峰温泉~五条駅前まで乗りました。五条は前から知りたかった天誅組を訪ねてみたかったのです。
  






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