今日は娘の高校の卒業式でありました。
普通の学校の式典といえば、体育館で行うものだけど、
娘の通ってた高校は、某大学の…しかも大学院の教室を
間借りして授業をしていたので、式典は体育館では行わず、
札幌市内のホテルで行われたのでアリマス。
息子の高校の卒業式とは比べものにならないくらい、
とても大人な式典だったと思う。
ひとことで言えば恩着せがましくない。
全日制の学校の式典しか経験がなく、
形式ばかりを重視した今までの式典が
当たり前だと思っていたけど、
それがものすごくナンセンスに思えた。
当たり前の式典ってのは、
キミ達のために「やってやってる」んだから
問題を起こさないで速やかに行動してくれよ。
…という学校側の傲慢さが見え隠れする。
やって満足するのは学校関係者だけで
生徒も父母も、儀式としてそこにいるだけ。
ただの刺身のつま、御供え物状態。
確かに全日制の学校でも、コスプレしたりして
おちゃらけた卒業式をする学校はある。
それはそれで楽しいんだろうけど、
…やっぱ、お子ちゃまチックな卒業式だ…。
そ~いえば、尾崎の歌詞に
♪この支配からの卒業…ってのがあるけど
多分、それが今までの普通の卒業なんだ…って思った。
でも、この学校は違う。
そして今日の式典は180度違った。
学校の校舎や、環境に対する思い入れは
普通の高校生よりは、ないかもしれない。
でもそれ以上に、人に対する思い入れがハンパじゃない。
先生に対して
「3年間ありがとうございました」とか
「お世話になりました」など、
自然と感謝の気持ちが溢れてきて、
シラケる気持ちは全くなかった。
学校長や来賓の挨拶も、
ただの形式ばったものや、
教訓めいたこと、自己満足的なものは何もなく、
本当の心からの言葉だったことに驚いた。
だから卒業生は退屈することなく、
自分のこととしてしっかり受け止めていたと思う。
粛々と行われる式の間中、
こんなにアットホームで暖かい雰囲気は
経験したことがないと思った。
Mの子どもは2人しかいないので、
もう、こういう式典というものは最後になったけど、
最後の最後に、とてもすばらしい卒業式に参加できて
母はものすごく良かったと思った。
式が終わっても、担任を囲んでなかなか帰ろうとしない子達。
毎日学校に通わなくても、大切なものは必ず育まれる。
相手に敬意を払えば、自分も敬意を払ってもらえると
この学校で自然に学んでいたことに気づいただろうか?
実際、そういうことなんだとMは思った。
中学を卒業して真っ直ぐ入学した人、
集団生活ができなくて悩んで苦しんだ人、
全日制の学校を中退して
それでも勉強したくて戻ってきた人、
いろんな事情を抱え、
さまざまな葛藤をくりかえしながら
この学校にたどりついた人。
世の中にはいろんな人がいるはずなのに
なぜか画一的な教育しか受けられないと思ってる。
でも、実際は自分に合った学校ってあるんだよね。
探せないで諦めてるのが大半なんだと思う。
知らないって損だ…。
最悪なのが
学校に行きたくなくて自殺する子。
行きたくない学校なんか行かなくていいのに…
死んでしまったら
知らないってことは損どころの問題じゃない。
高校に入学したけど、自分に合わない…
でも、今更どうしようもない…って、親も子も諦めないで。
困った時はMのブログにコメントを残して。
選択肢はあるんだから。
この先、高校無償化なんかで、
高校に行きたくないと思ってる子も行かざるを得なくなるから
今より普通高校からこぼれる子が出てきそうな気がする…
それでも高校卒業のライセンスは必要なんだよ…ね。
そして娘も3年前の春に、全日制の私立高校に入学したはいいけど
色んなことに巻き込まれ、一時はどうなることかと思ったけど、
本日無事、高等学校普通科の卒業証書を手にしたのでありました。
「卒業」ってのは大きな意味があるんだと
初めて知った気がする…二人目の高校卒業式で……。
普通の学校の式典といえば、体育館で行うものだけど、
娘の通ってた高校は、某大学の…しかも大学院の教室を
間借りして授業をしていたので、式典は体育館では行わず、
札幌市内のホテルで行われたのでアリマス。
息子の高校の卒業式とは比べものにならないくらい、
とても大人な式典だったと思う。
ひとことで言えば恩着せがましくない。
全日制の学校の式典しか経験がなく、
形式ばかりを重視した今までの式典が
当たり前だと思っていたけど、
それがものすごくナンセンスに思えた。
当たり前の式典ってのは、
キミ達のために「やってやってる」んだから
問題を起こさないで速やかに行動してくれよ。
…という学校側の傲慢さが見え隠れする。
やって満足するのは学校関係者だけで
生徒も父母も、儀式としてそこにいるだけ。
ただの刺身のつま、御供え物状態。
確かに全日制の学校でも、コスプレしたりして
おちゃらけた卒業式をする学校はある。
それはそれで楽しいんだろうけど、
…やっぱ、お子ちゃまチックな卒業式だ…。
そ~いえば、尾崎の歌詞に
♪この支配からの卒業…ってのがあるけど
多分、それが今までの普通の卒業なんだ…って思った。
でも、この学校は違う。
そして今日の式典は180度違った。
学校の校舎や、環境に対する思い入れは
普通の高校生よりは、ないかもしれない。
でもそれ以上に、人に対する思い入れがハンパじゃない。
先生に対して
「3年間ありがとうございました」とか
「お世話になりました」など、
自然と感謝の気持ちが溢れてきて、
シラケる気持ちは全くなかった。
学校長や来賓の挨拶も、
ただの形式ばったものや、
教訓めいたこと、自己満足的なものは何もなく、
本当の心からの言葉だったことに驚いた。
だから卒業生は退屈することなく、
自分のこととしてしっかり受け止めていたと思う。
粛々と行われる式の間中、
こんなにアットホームで暖かい雰囲気は
経験したことがないと思った。
Mの子どもは2人しかいないので、
もう、こういう式典というものは最後になったけど、
最後の最後に、とてもすばらしい卒業式に参加できて
母はものすごく良かったと思った。
式が終わっても、担任を囲んでなかなか帰ろうとしない子達。
毎日学校に通わなくても、大切なものは必ず育まれる。
相手に敬意を払えば、自分も敬意を払ってもらえると
この学校で自然に学んでいたことに気づいただろうか?
実際、そういうことなんだとMは思った。
中学を卒業して真っ直ぐ入学した人、
集団生活ができなくて悩んで苦しんだ人、
全日制の学校を中退して
それでも勉強したくて戻ってきた人、
いろんな事情を抱え、
さまざまな葛藤をくりかえしながら
この学校にたどりついた人。
世の中にはいろんな人がいるはずなのに
なぜか画一的な教育しか受けられないと思ってる。
でも、実際は自分に合った学校ってあるんだよね。
探せないで諦めてるのが大半なんだと思う。
知らないって損だ…。
最悪なのが
学校に行きたくなくて自殺する子。
行きたくない学校なんか行かなくていいのに…
死んでしまったら
知らないってことは損どころの問題じゃない。
高校に入学したけど、自分に合わない…
でも、今更どうしようもない…って、親も子も諦めないで。
困った時はMのブログにコメントを残して。
選択肢はあるんだから。
この先、高校無償化なんかで、
高校に行きたくないと思ってる子も行かざるを得なくなるから
今より普通高校からこぼれる子が出てきそうな気がする…
それでも高校卒業のライセンスは必要なんだよ…ね。
そして娘も3年前の春に、全日制の私立高校に入学したはいいけど
色んなことに巻き込まれ、一時はどうなることかと思ったけど、
本日無事、高等学校普通科の卒業証書を手にしたのでありました。
「卒業」ってのは大きな意味があるんだと
初めて知った気がする…二人目の高校卒業式で……。