歌庭 -utaniwa-

“ハナウタのように:ささやかで、もっと身近な・気楽な庭を。” ~『野口造園』の、徒然日記。

桜餅の匂いの正体

2014年01月22日 | 徒然 -tzure-zure-
寒い夜の帰り路、疲れた自転車をウトウト漕ぎながら、
いつもの桜並木道を通る。


桜並木に差し掛かるところで、
「ふわん、」と、
桜餅のような、甘い、品の良い、薄桃色の、あの匂いに包み込まれる。


かれこれ、12月の終わり頃から。1月半ばの今に至るまで。
当然、桜の木立は、枯れ木の骨姿。




でも、
その香りは 桜並木の群れ為す、まさにその辺りの空間に、
まあるく、ふくよかに漂っていた。

誰だ?
辺りを見渡す。




初めてこの匂いを知ったのは、この道を通勤路にし始めた時だから、
かれこれ、4年ほど前の冬だったかしら。

桜ももちろんまだ全然咲く時期じゃない、なのに。もうどこかに、季節外れの狂い咲きが在るんだろうか?
夜の闇に目を凝らす。



枯れ木は枯れ木。冬木立。


夢でも見ていたのか、はたまた幻覚か、
いやいやありえない、たしかに眠いけど、さすがに寝てないし。

とりあえずびっくりして、闇の中をキョロキョロするも、
なにしろ闇の中。
(ーーー私の暮らすここら辺は、都内といえど都心ほど煌煌と常時照らされては居らず、むしろ結構暗い。それが心地好い)

なので、その夜は諦めた。


明くる明るい朝に「犯人」探しをするも、
夜にはふんだんに満ちて膨らんで居たはずの香りが、あまり感じられない。
奴はどうやら、夜に特別、ひときわ香り立つらしい。

また、冬風のきつい時には、鼻を刺す冷気も辛く、落ち葉か冬の土の香か、何かが邪魔をして、一瞬のあの香りを手繰るどころではない。

あの香りがいっそう広く大きく満ちるのは、冬の夜には珍しい、風のあまり無いおだやかな、ゆるい夜。

目には見えないし、いつまでもあるものでも無いし。

結局、
その妖しい匂いの正体は すぐには判らなかった。


その正体が判ったのは、しばらくしてから。



桜並木の長い道。そこに差し掛かる ちょうど入口ゾーンの傍らに、
そういえば、ずーんと、
一本のまん丸くこんもりした常緑の大木が、そうそう、そういえば、在った。
(人ってものは、自分が気にしないものは目にも入らないし、記憶にも呼び起こせないらしいもので)



ある明るい朝、
梢のあちこちにちらちらっと、ちらつく白い色に気づいた。
花だった。

この有名な植物のことは もちろん知ってこそ居たけれど、こんな真冬に花の咲くものだとは、
当時は知らなかった。

こういう花が咲くということも。
そして、こんな香りがするものだということも。


で、
さて、その正体は。




枇杷。

ビワ。でした。

珍しく(5分くらいなら)余裕のあった朝、
この木の傍らに自転車を止めて、近づいて、うんと鼻をすり寄せて、確かめてみた。

ああ、やっぱり。

桜餅だ。

まさに、あの。
甘くて、優しい、薄桃色の、上品な、
春の匂いだった。




彼の香りと知って以来、何年目かの冬を迎えて。


いつものごとく、自転車をウトウト漕ぎながらの、寒い夜の帰り路。


この桜並木「の、手前の枇杷」にいよいよ差し掛かる折、

「さあて今日は、どんくらい香ってくれているかな~」と、
このときばかりは引き千切らんばかりの寒さも忘れて、ふんわり、心を、春のように膨らませている。






帰鹿

2014年01月12日 | 徒然 -tzure-zure-
後れ馳せながら・・・明けましておめでとうございます。



この年末年始、いかがお過ごしでしたでしょうか。

私は、故郷の鹿児島に帰ってまいりました。
実に、6年ぶりに。



大晦日の昼過ぎ~夕方の飛行機。

2013年 最後の黄昏の光芒を、空の上から眺めました。

宵まぐれの薄灰色の青い暗い霞の中にぼんやりと、同じく青い暗い、桜島の幽かな稜線がにわかに浮かび上がって現れたのが、
ぞっとするほど、美しかった。



ごちそうを食べて、紅白を見て、



さらっと年が明けたら お風呂に入り。

数分だけ本を読み進めて、
静かに眠りに就き。



色々あった私の2013年は、
かくして平穏に終了しました。





6年ご無沙汰しているうちに、
実家は 区画整理事業によって解体され、




今年の5月頃、新居に生まれ変わっていました。
小さな木造平屋建で、ウッドデッキテラスのある、
粋でお洒落な感じの家に。







家具や絵画は、よく見知ったもの。

姉のピアノも、母の花器も。






遅く起きた元旦。



介護付きマンションに住んでいる祖父母(母方)を招き。





「大(おお)ご馳走じゃ」と、祖母。
豪勢なお節。美味しかった。



我が家のお雑煮。すまし汁に、海老・椎茸・法蓮草・白菜・餅。

早くに亡くなった父方の祖母から、母が受け継いだ‘唯一の’「我が家の料理」だそうな。

それから、



善哉(ぜんざい)。

黙って座っててもどんどん食べ物が出て来るという奇跡。
有り難し。



テレビの傍の飾り棚には



今年の干支の「午」のお茶碗(薩摩焼)と、香合。
香合は、母の同級生の女性作家さんの作だそうな。

このお茶碗も使って、



お点前を差し上げてみる。もちろん初めて。

裏千家流の、ふわふわのきめ細やかなカプチーノみたいなお点前でございます。

母もお茶をやっているけど、そちらは表千家なもんだから、泡立てないお点前だそうで。他にも、あれが違うコレも違うと。

まあなんにせよ、両親・祖父母に日頃のお稽古の賜物たる「ふわっふわ」を献上できて、満足。




教師だった祖父。88歳。変わらずかくしゃくとして、元気。

視線の先は、かつて祖父母の家があった辺り。今は茫漠たる更地。風が強く、砂埃が吹き荒れる。



同じく教師だった祖母。90歳。
認知症が進行しているという。普段は何をすることもなく、寝たきり同然だという。

しかし、この日はとても元気で、相変わらず面白く、楽しそうだった。しかし、
「何年ぶりけ?」と、何度も訊ねる。
時折、私が誰だったかを忘れかけることも。
と思ったら、
祖父が結婚前に付き合っていた昔の女のことを初めて(ちくりちくりと)語り出したり、とか。

曾祖母(祖母の母)の代からこの我が家に引き継がれた、75年ものの塗りの椀のことを、懐かしそうに嬉しそうに語ったりとか。


夕飯まで一緒に、楽しく、のんびり過ごす。

祖父母の暮らす特別養護マンションでは、ご飯も供されるのだが、まずいんだと言う。

そんなマンションに、祖父母を送り届ける。そして、
笑顔で見送られる。



胸が、痛む。





元旦深夜、東京で暮らす下の弟(コマーシャル関係)も来る。




2日。お墓参り巡り。

3カ所の墓地を巡る。

桜島は、霞の中に。





昼過ぎ、
熊本に居る姉(マスコミ関係)も来る。

博多に居る上の弟(バーテン関係)は、今回来ず。

4人兄弟。それぞれが自由気ままというか自分勝手に、バラバラな吾が道を行っている。価値観も違う。
家族全員が揃ったのは、一体何年前のことだったか。もはや分からない。


そして私。造園関係。
このたび、本‘業’発揮。冬枯れの実家の庭を、手入れしてみる(少しだけ、簡単に)。
ほんの少し手入れするだけでも、だいぶ雰囲気が変わる。

それから、
姉が年末にオランダで買ってきたという球根を、植えつけた。

広すぎる敷き砂利ゾーンを掻き分けて、土ゾーンを拡張して、



チューリップとかムスカリとかクロッカスとかアネモネとか、、、なんか沢山!

全部春咲きの球根。



この時、鹿児島はすでに気温17度とかで、もはや春の陽気。
開花時期は東京と違うはず。しかし、いつだろう。タイミングが読めない。

鹿児島に暮らしていた思春期の頃、私は草木や花にこれっぽっちも興味が無かった。
実家の庭にはたくさんの種類の花木があったらしい。母はありとあらゆる植物の名前を挙げる。しかし、まったく覚えていない。庭の真ん中に立っていたサルスベリ以外は、何一つおぼえていない。
土に触れるのすら嫌で、庭に下りたことも無かったし、花に目を向けたことも無かった。

それが、今や。庭師系。

人生、何がどうひっくり返るか、さっぱりわからない。


とりあえず、本業を通して ささやかながらも初めて孝行っぽいことが出来た気がして、
ちょっと嬉しいというか、ほっとしたというか、なんというか、かんというか。

うまく咲きますように。




そうこうしているうちに夕刻。

これまた どんどんオートマティック(かのごとく)に供されるご馳走を腹に収めてから、
東京へ帰る。

すごく短いながら、やるべきことはやれた、と思う。



10歳の頃。思春期の始まりに、東京からこっちへ移ってきた時。
灰色にくすんだ この中途半端な辺境の町が好きになれず、というか嫌いで、早く出たくて出たくてしょうがなかった。
そして、当時の自分の人格が荒んでいて偏狭で邪悪だったことも分かっていて、それを思い出すのがおぞましく、凄く嫌なもんだから、
18で上京するまでの鹿児島時代は、私にとって1秒たりとも思い出したくない黒歴史だった。
さらに、大学に長く居すぎたこと+その他諸々で、親へ金銭的にだいぶ迷惑をかけたため、その負い目もあった。

結果、疎遠になった。


何年も前。東京の友人に、「実家と仲良くした方が良い」と、忠告された。
親の愛情が後ろ盾にあること、守られていることをしっかり認識している人ほど、普段からとてもリラックスしていて、幸せそうなオーラが出ているんだよ、というようなことを。

が、聞き入れなかった。


そして去年、やっと、
実家とのつながりを復活させるきっかけが出来た。

色々あって、ある人にはとてつもない迷惑をかけてしまった。けど、
おかげさまで、

このたび、「故郷」に帰る事が出来ました。

こんなに気が楽になるとは、思っていなかった。


 有り難う存じます





お土産に、大好きな「かるかん」を買った。

かるかんは数社から出されているが、明石屋のかるかんまんじゅうが一番好き。



すごくシンプルな原材料中、「山芋」が、とても良い味出している。



雪を固めた様な美しさ。

まん丸い、おもちみたいな愛らしさ。




そうこうしているうちに、鏡開き。

12日は、初釜(初茶会)だった。

忙しい毎日は、もう始まっている。
仕事始めからの一週間は、濃度が平素の2、3倍くらいに、ヘヴィーで、目まぐるしかった。




果て、さて。

本年も何卒、宜しくお願い申し上げ



候。











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