歌庭 -utaniwa-

“ハナウタのように:ささやかで、もっと身近な・気楽な庭を。” ~『野口造園』の、徒然日記。

初雪は、八ヶ岳の麓で

2011年01月30日 | 旅録 -travelogue-
土曜日。

お休みをもらって、八ヶ岳の麓に行って来ました。

「北杜市」というところ。

北の杜(もり)。
なんだか、いいですね。


旧い、クリーム色のラシーンっていう車で。
国立から出発。




中央道を、ひたすらに。


雪は 意外に無くて、

でも 白い 霧のような雲のようなものに覆われて、かたちが消えた山なみを。


冬枯れ色の、
静かな青と褐せた樹々の、山並みのあいだを。


快調に、120キロくらいで飛ばして、
1時間半。






「山梨」って聞いてたんだけど、ほとんど長野でした。


そこは 初めて訪れる場所。





訪れたのは、

ギャラリーTRAX」。








目的は、

友人の友人の、間部百合(まなべゆり)さんの、写真展。
その、オープニングパーティー。

うまいもんが食べられると聞いて、飛びついて行きました。



がっついた。

特に、

柚子塩だけ使ったオレンジ白菜のお漬け物とか
ラデッィシュやニンジン、新鮮な生野菜(をそのまま)、とか、
干し大根を使ったのとか、
ウドのきんぴらとか、
野菜ものが特に、どーしても美味しくて、止まらない。

田舎はほんと、野菜がふつうに美味しい。

漬け物というものの美味さは、秋田で開眼しました。




ギャラリーの先には、八ヶ岳。

初めて望む、青い山。



今回の展示(ディスプレイ)をやったのが、
高円寺在住の友人、m(大工)。



mの周りに 不思議と もりもり沢山集まる、
やたら面白い、楽しい、変態的な、立派な人々。


やはりmつながりで知り合った:
去年の春の山口旅に一緒に行った友人とも、再会。




今回初めて知り合った人たちも。
やはり、なんか面白そう。



 初めて会ったはずだけど、
 どっかで逢ったことがある気がする。

っていうこと、意外によくあるんですけど、

なんなんだろうね。

ほんとに会ってるのかもしれない。意外にせまい世界。

でも会ったことないはずの初めての場所。
想っているのと同じことを言われたりも、して。

不思議な世界。




新しい出会いは、
むくむくと、

どこかが、うずく。

近い未来にありそうな、楽しげな出来事の予感が、
からだのどこかで、うずく。


むくむく。




チョコ。

旨しものを前に、無言にもなる。






折しも その日は、ちょうど、

主役:百合さんの誕生日でした。




サプライズ、バースデイケーキ。

メラメラ燃える炎が凄かった。

とり囲んで一斉に写真(アイフォン率高し)を構えるみんなの構図も、凄かった。

恋人からの、スプーンに大盛りの、ファーストバイト。
素敵なシーンに、笑顔。





大きな薪ストーブ。



つぎこまれる、立派な丸太。

近寄れば、熱すぎるほどで。

ちょっと遠ざかれば、やはり寒い、
山の麓の、独特の空気。







やりたいことは、全部やる。
やれそうなら、断固やる。


がモットーなので。


温泉、行きました。

どこへ行くにも、だいたい、温泉がある。素晴らしき国だ。

行ったのは、「なんとか泉温泉健康センター」とかいう施設で、わびさびとかは無いけど、
泉質は上等の。

とろとろの、ぬるぬる温泉でした。

やっぱり、旅には温泉!温泉は欠かせない!








ほっこり つやつやになって。

夜空の下に出てみれば


雪が、うっすら。





初雪です。

2011年も早ひと月、
可愛い元同僚の居る京都や 大事な第三の故郷、秋田、
想い馴染みのある各地ではすでに すごい雪が、降って降って、大変そう。
そんな便りも聞くけれど。


自分にとっては、本年の、初雪。

そんなに強くも 重くもない、

軽く、
ささやかな ささやきの雪。


音無く 夜の中に落ちては

何事も無く、消えてゆく雪。






そんなこんなで、
あっという間に、帰り時。


半日も無い、日帰り旅行。


今度はもっとゆっくり、、、
せめて、一泊。欲しいなあと、願いつつ。



去年は ひたすら、日帰り強行旅。
今年は もう少し、せめてもう一日と、願っている。


夜を、帰りを気にせず焦らずに、深々と過ごし、

お酒さえ傾けて、

やがて眠りに就き。



ひとつふたつ、不思議な夢を見て。


だけど早くに目覚めてしまって。


清らかな
洗われた 静けさの中の、青い蒼い夜明けを拝む。


昨日までとは 違う場所で。


そして

昨日までとは 明らかに違う気持ちで 始まる、
新しい何かが起こりそうな予感でいっぱいの朝を、

新しく、始められる。


そこまでして、旅はやっとひとつ、達成される気がする。


ひと眠りと、

ひと目覚め、


ひとつ、なにかが増えて、
ひとつ、なにかが消えて

なんとなく、ひとつ、変わる。


気がする。



今年も、なるべく、旅をしよう。





そういえば、



「変わらなくていいんだよ。

 そのままでいいんだよ。」


って、

再会した友人が、ふつうのテンションで言った。



ドキッ とした。


「変わらなきゃ」
なんて、

前は 確かに想ってたりしたけど、
それはいったん乗り越えたつもりで、

今は、別にそんなこと、想ってないつもりだったけど。






70

2011年01月28日 | 徒然 -tzure-zure-
たいていのことは、ほんとに頑張れば、なんとかなる。
夢は、けっこう、叶う。

、と、思っている。


しかし

どうしても叶えられない夢 というものも、ある。
残念ながら、それは、ある。







100を願って

それを叶えるべく
10000のことを為した として。

努力は それ相応に報われて
それ相応に、100 というゴールに 確実に、近づいてゆける。


近づける、けれど。


70くらいまで到達したところで

どうしても越えられない


あるいは 溝

もしくは 谷

自分ではもはやどう足掻いても藻掻いても太刀打ち出来ない
絶望的なハードルに 阻まれることがある。

ああ。

ここまでなんだ これより先はもう だめなんだ

何を どうやっても。




うちひしがれることに、なる。

自分の無力さ というよりも
自分ではどうにもできない、もっと大きな、世界の仕組みのようなものに対して。



誰しもあることだろう。
そういうことは、必ず起こることだろう。

信じて頑張ったなら、なおさら。

わずかでも信じられる可能性があったのなら、なおさら。





願えば叶う。
努力すれば叶う。

そんなふうに
全てが全て、自分の都合の良いように、巡ってくれるなら。

10000の課題をこなせば、ちゃんと100点もらえます。

そんなふうに
あれもこれもが 大変わかりやすい、進化論的な、
物理的に安易なる一生なら。



、、あれ?

「楽」、かな。
そんな一生って。


それって、楽しい一生かな?


うそうそ。

そんなの、望んでない。






結果として
70までしか、行けなかった。
そこで、ズバン!
終わった。


、、だけど。

確かに「終わった」けど、

だからって、

「無かったこと」にする必要は無い。

ゼロにする必要は、無い。

もう忘れなきゃ
なんて
忘れ去る必要は、無い。


もう先へ進まなきゃ
過去は棄てなきゃ
なんて
忘れ去ろうと頑張る必要なんて、無い。

それまでの自分を殺す必要なんて、無い。


今の今まで
或るゴールのために係(かかずら)った 10000の奮闘や
その過程で味わった 昂りや いろんな揺れ動きや
初めて感じられたことや
とろけるほど 楽しかったことや。

悶えるほど 苦しかったことや、
貫かれるほど 哀しかったことも。

何かを得た満足感 のようなものや、
何かを失った虚無感 のようなものも。


足りなかった30を 嘆くあまりに、
もうぜんぶ、
そんな過去はぜんぶ無かったことにしよう

今までの70を、抹消しよう。

、なんて、
無駄に 頑張る必要は、
全然無い。


というか、

そんなことに時間を割いている暇は、ぜんぜん無い。

生き続けることは、
積み重ね続けること。

生き続けることは、
死ぬまで 積もり重なり続けるということ。



幸か不幸か
ひとつの塵っぽけなことすらも 消すことはできない。ということ。







期せずして 心に身体に刻まれて蓄えられた 総ての出来事は、
しっかりと 血と肉となり。

時に 垂れ流されながら
また 新しく蓄えられて。


「自らの心と身体を動かして得た経験、豊かな思い出は、
 この先の未来に進むためのエネルギーになるのです。」


そういう

すでに 言われ尽くされた、ありふれたようなことを 言いたいのでは、多分、なくて。





70まで、行けた。

100には、行けなかった。

71にも、行けないらしい。
70.000000001にすら、行けないらしい。


だけど、

すでに、0じゃない。

20でもない。

50でもない。

69でもない。

一応、

進展は、したわけだから。
それで、
70までは、“高み”にのぼれたわけだから。

奮闘を始める前の 「0」の状態よりは、
70も!ずいぶん豊かに、より良くなったわけだ。


、、では、

この先は?

どうするのが 一番、幸せ?


、、ということを、じっくり考えた時に。。







「ゼロにする」
では、決して、無い。

後戻りなど、そもそも、有り得ない。


、、ならば。








70を、キープしていけばいいんじゃないか?

70という
自分の「ベスト」をキープすることにすれば、いいんじゃないか?






ゼロの時の目標は 確かに 100を設定していたけど、

自分の到達できたゴールが、結果的に、70だったのなら。

それが、ベストであり、
自分にとっては、本当の意味でのゴールだった、というわけだろう?


70だと思っているものが、要するに、この上ない「ベスト」というのがわかったのなら。

これより上の有り得ない「ベスト」に、どうやら到達したらしいというのが、わかったのなら。



到達できたゴールが 70であるならば

70 という「高み」を保ちながら、
この先ずっと、進めるだけ進んでゆけばいいんじゃないか?

69に 後ずさることもなく。
71へと 欲張ることもせず。


だって、

100を目指して果たした10000、やれるだけのことをやった結果の、
70という「高み」なんだもの。


その70は、100の価値があるだろう?






何があったのか
何を思ったのか
何を言いたいのか

直截的に言ってしまわないように
でも 今感じている何かをなんとなくでも伝えたいと思うと

こういう
写真も付けにくい、至極 抽象的なことになるけれど。


要するに、

なんかやっと、吹っ切れた気がするのです。

2011年になって、スタートダッシュしてしまいました。
全速力で駆け上がるだけ駆け上がって、ズコーッ!と、岸壁から落っこちるところまで。


それで得られた、70。

確かに、進展した証しの、70。


この「70」という到達地点を、十分に活かして、楽しんで、
生きていこう、と。


いま、そういう地点。





この先。

この問題に関しては、もう70でオッケー。

それでは、

また別のベクトルに、向きを変えよう。

また別のベクトルにおける、100をもとめて。





今度は何処まで行けるだろう。

43?

99?

それはまだ、わからない。

そんなことをまた、繰り返して。

くるくると、転がり続けよう、と。


今そういうことを考え出したら、
にわか、むくむく、

この先が、面白くなってきた。

また新しい可能性。

まだ見ず知らずの、思い描くことも出来ない夢物語。





この心に身体に
確かに起きた出来事は、消えないだろう。
願えど叶わなかった夢物語は、消えて行くだろう。

手を振るべきは、過去ではなくて、未来の可能性。

護るべきは、大切な過去。

慈しむべきは、己。

愛おしむべきは、
かけがえの無い、
現在地点に至るまでに残した 己のあしあとの
全て。


滅茶苦茶に彷徨って
支離滅裂に踏み散らした 無数の足痕の、
すべて。


その道すがら、道すがらに、
わらってくれて居た花や、

正しい歌や、

やさしい人の、やさしい言葉や、

こんな自分の中にさえ
確かに溢れていた きらきらしたもの、


その、
ひとつひとつを。







愛惜しみながら。





うめうつつ

2011年01月25日 | 徒然 -tzure-zure-
雨上がりの、次の日に。





真昼の光の、冬の日に。





ぜんぜん寒くない。

ランチの後の のんびりお散歩程度なら

風も ぜんぜん冷たくない。



なにしろ

光があたたかい。





なにしろ

澄んだ空気が、眩しい。



俄然

ぜんぜん眠くない。






足も
ぜんぜん重くない。





心は
まだまだ死んでない。





なんか

ぜんぜん笑えない。


なんて

思い込んでみようとしてた だけかもしれない

悲劇ぶりたいだけ

ちょっとぶっ壊れるくらいの衝撃があったりして


そんな日常茶飯事の一コマに





木っ端みじんに 粉々に

宇宙の塵くらいに砕け散ったようで


形状記憶ハート

案外ふつうに動いてる身体


食べて寝て
あんまり食べれなくても とりあえず寝て


もうだめ もうだめと想っても

こんな
まぶしく香る光りを浴びたら


なんだ。


ぜんぜん大丈夫?






弱いフリして
ぜんぜん大丈夫


落ち込んだりもしたけれど私は元気です 的な

人は強いものよとても強いものよ 的な



哀しいくらい

ぜんぜん大丈夫



いつもちゃんと

救いの手さえ そこに伸びているし






うつむいていても

そこには何も見つからないし





見て見ぬ振りをしようとしても

ひっぱたかれて
しっかり 見つめさせられる


今ここにある現実

現実にある今






いつのまにこんなに

満開になったんだろう。


雨のおかげか

光のおかげか



知らないうちに
見ていない傍で

ほんのすぐそこで


ちゃんと 咲いていた花。


香りの恩恵にふれて


あれもこれも 少し 忘れて

しばし 夢現(ゆめうつつ)。








今ここにある現(うつつ)。

現実にある今。





いつぶり降り

2011年01月24日 | 徒然 -tzure-zure-
いつぶりなんだろうか。



雨が降っている。




ほっとする。

ちょっとうれしい。

植物にとっては、命の水。

降れ降れ。

どんどん降ればいい。

もっと、もっと。

もっと。

降ればいい。






でも



やっぱり こまる。


とほうに くれる。

自分は植物じゃない。人間。
動物。

アニモーだもの。

草食系?なんてしばしば誤解されるけど、
立派な雑食。の、立派なアニモーだもの。

出来損ないの ふつつかものでも

にんげんだもの。

にんげん、けだもの。



今、氷雨を浴びるのは かなり堪えがたいだろう。






雨は止まないか。

さっきは降れ降れなんて、言いました。
ただのセンチメンタリズムでした。

お腹がすいてきたので、
仕事の集中力も切れて。
もう、帰りたい。


雨は、止まないか。







ひらきなおる。


もういいや。



濡れて帰ろう。


降れ降れ。ふれふれ。

フレーフレー


いっそのこと。


どしゃ降りで降れ。







いつぶりだろう。


ぞんぶんに濡れそぼたれながらの、帰り道。


途中で吹っ切れて、

笑えて来たんだった。



今日は、どうだろう。



笑えるだろうか。





もういいや! って



笑えるんだろうか。









一から

2011年01月21日 | 徒然 -tzure-zure-
忙しかったなあ。




月曜日 お問い合せを受け、即現場に行って、打ち合せ
火曜日 深夜までかかって見積を作り
水曜日 再び打合せをして、修正見積を作って意見のやり取り
木曜日 契約、手付金もその場で頂く


という、
トントン拍子すぎる怒濤の速さで
目まぐるしきウィークデイを駆け抜けたあと、

なかば燃え尽きかけたような グッタリ感でしたけど、

今年初にして
およそ1ヶ月ぶりの、

バレエのレッスンに、行きました、木曜日。

意気揚々。
楽しみ事なら、疲れ知らず。




ところが

あまりにも、ショックな事態。

愕然。


完全に凍結していました。

この肉体が。
せっかく地道に鍛えて、伸ばしてきてたはずの筋肉、どこいった。

「ちょっとやばいかなー、なまっちゃったかなー、」

なんて、
けっこう 浅ーい危機感で、えへへ、なんて、首をかしげて、
直視すべき真実に対し 身構えてもなかったので、


ま さ か
これほどまでとは。。。


ウワサには聞いていたけど、、
「30を越えると」伝説。。。

サーティーの肉体の衰えっぷり、、、おそるべし・・・




しかたない。

また、ゼロから出直しです。てか、マイナスからの出直しです。

ちなみに、
秋には「発表会」があるそうです。

よりにもよって
プロとかも出てしまう、本格的なイベントだそうです。


 ,,エッ ?





そんなバレエ。

毎回新しい発見があります。

昨日の、ひとつの収穫は:

「腸腰筋」
その存在でした。

ちょうようきん。と読む。


下腹部の腹筋よりももっと下の、
いわゆる股間のあそこ寸前の、ちょっと上の、脇のあたり。

ここを、「ひっこめるように拡げるように引き締めればいいのです」

ということなんだと。

今まで全然、そこを意識してなかったんだけど。

やっと、その存在がわかり。

そこを、ひっこめるように、拡げるように、引き締めてみたら、

あらま

今までとは別の体のように、シュッ!と、
なんか、背まで伸びたような、

不思議な感覚。

目からウロコ体験でした。

しかし、30年も意識していなかった部位。
まだまだ、うまく作動できやしません。そこをなんとかしようとして、うっかり、
別のところが力んでしまいます。
下腹部とか、ふともも筋とか。


むずいです先生、むずい

あまりにも笑えなくって、笑えてきます。




そんでもって、現在。

下腹部の腹筋と
僧帽筋(肩甲骨のあいだ)と 
広背筋の、腰に近い方が、
もっぱら
筋肉痛中です。

でも、姿勢は、なんか良い。

姿勢が良いと、

視線が上がり、

視界がクリアになり、

世界が、よく見える。


すれちがう人たちの様子が、よく見える。


目に光がなくて、
背中が丸まっていて、
なんか傾いていて、
うなだれていて、
あきらかに げんなり、くたびれている人の、
なんと多いことか。







そんなこんなで

節々を痛みながら、
新しい自分になったような気分の、
金曜日。

久しぶりの外現場の仕事。





昨年末から懸かっていた庭が、ようやく、
出来上がりました。

我ながら、大傑作だと思うんだけど。

まだ、あんまり見栄えはしない状態なので、
まだ無公開。
じらします。

春待ちです。
花咲き待ちです。

絶対、素敵な庭が出来たと思うんだ。
ただ、
まだなんだけど。



来る春。

その時こそ、写真に収めて、御披露したいなと思います。


でもその前に、枯れてしまっちゃ困る;と、ハラハラしつつ。

よりにもよって、
今年になって、、、いや、もう、旧年中からずいぶんと長いこと、
雪どころか、雨も降らない東京。


心配で心配で。

今日、水をたっぷり撒いてきたけれど。


どうか
頑張ってくれ。






ひと仕事終わって
ほっとした。

その後は、
お茶のお稽古。
初釜はあったけど、
稽古自体は、今年初にして、約1ヶ月ぶり。

いろいろすっぽり、忘れておりました。


これもまた、一から。




1から?

もしくは、
ゼロから?

それとも、
マイナスから?



、、よく考えたら、

一度やったことは、衰えたとて、必ずや蓄積されているのだから、

ゼロ(無)とか
マイナス(経験する以前の、無知状態)とか

そんな過去までさかのぼる なんてことは、ありえないはず。
過去にしたことは、一つたりとて、無駄にならないはず。

「無」になど、帰さないはず。



、て、
なんか難しげな哲学みたいな思考方面に行ってみましたけど。




出直しは、ゼロでもマイナスでもなく、

「一から出直し。」

昔からことわざのように言われている
そのとおりに。


一から、一から。







、、、追記、

全然関係ない余談ですけど、

今日、紅い月を見ました。

お茶の稽古に向かう、電車の窓から、ちょうど、多摩川を渡る橋の上から。

低い低いところに、
少しつぶれたような感じがまた禍々しい、
変に丸い、どす黒さもたたえた、赤。


「うわっ!」

って、

その瞬間、
そのとき悶々と考えていたあれやこれやが、
一気に消し飛んだ。


ほんとに紅い、月だった。
地平線に近い、月。

見た人、居るだろうか。



その後、
曇って、見えなくなって、

次に見た時は、もう高く昇って、
白い、いつもの、眩しい、十六夜の月。










 

なんとなしに

2011年01月19日 | 徒然 -tzure-zure-


こなせばこなすほど
立て続けに圧(お)し寄せる。

しかもいずれも「大至急でお願いします!」だなんて、
いそがせる、
いそがしい、
急務ばかり。


「片付けたー~~:」
と、
思う間もない。

減らない減らない。
始まるばかりで、終わりなどない。



せめて、少しでも、

清く、正しく、美しく、

優しく、

後悔なんてしない、

ご飯を、食べたい。



、と、思って、

昼休み、
チャリで、ちょっと先の方まで。


そして、

ロウバイ見つけた。



。ぷあ~~ん。。


真珠みたいに光る、透明なやわらかな、クリーム色の香り。



ほだされた。
一瞬で。


民家の敷地の中なので、あまり近づけなくても。


。。ぷふわぁあ~~ん。。~*





清く、正しく、美しく、

優しく、

季節は香りを溢(こぼ)しつつ。


胸や頭がギューギューになったり、

ひっくり返りたくなったり、

ドラマチックにぶっ倒れられたらと夢見たり、

なんとなく、跳びはねてみたりしながら。


いつも、
季節の息吹の芽生えるところを、
今日が今日という特別な、普通のある一日であることを刻む何か、
証拠となる何かの在り処(か)を、

探している気がする。


なんとなしに。





今日、何を言いたかったのかは、よくわからない。


なんとなしに。





氷結閃光

2011年01月16日 | 徒然 -tzure-zure-
最近毎朝 通勤中に 気になりながらも

焦ってるもので

横目にちらちらと

「、はー、、」と

ため息つきつつ、通り過ぎるばかりだった




凍れる池。


半分くらい凍って、

そこに朝陽の白い、尖った光が刺して。


そこに



カモが つーー と

切って行く




そんな風景。

やっと ちょっと早めに家を出られて

やっと 撮れた。




さても

ここ東京は、

カラカラに晴れたまま。

雪は、まだ見ず。

されど



梅は見舞う。

昨日は珍しく 終始曇りがちで、

風も無く、冷えたままの日だったので

色も匂いも あまり立たず


静かに咲いてた。




鼻を突っ込んで、吸い込んだ。





今日はお正月明けて以来の、初ホリデイです。


連日連夜、、あー、よく働いた。
正月早々、いきなり、よく働いて居ります。偉い自分!

年賀状は、、、
もう、
「旧正月に合わせまして」というウラ技に出ることにします!(すみません。)


やっぱり 忙しいと

つい

「休みたい~」
って

ぶーぶー漏らしそうになる。
そのたびに、

「忙しいなんて、ありがたいことだね!」
って、よく、言われます。

「、、うーん、、そうだねえ、、」
って、言うしかないですよねえ。

明日どうなるかも、わからないご時世。







すべてが 願望通りには うまくいかない




そんなこともありつつ

でも そのおかげで

想定外だったけど、楽しい、嬉しい、
時めくことも ちゃんと
埋め合わせのご褒美のように 降って湧いてやって来るものなので

そこらへんは、グレたりせずに、

淡々と、目の前のことに、目を向けて。


欲しいものは、然(しか)るべき時に。

ちゃんと用意されて、もたらされるんだろう。



ちゃんと、

自分から能動的に動いてさえ、いれば。






ということで、
初ホリデイ。



初釜。
お茶会に、行って来ます。



(↑これは昨年末のお茶会のときの写真。頂きました。)


今日は客なので、点てませんけど。

集合時間まちがえてて(というかわからなくて)焦って早起きしすぎたので、

今ちょっと余裕がある ついでに

一服、
自分で点ててから、出ようかな。


そうこうしているうちに遅刻しそうになってまた焦る
っていうお決まりのパターンに、ならないように。

キリッ!と。




今日も、白くて眩しい朝。




小春日和のこんにちは

2011年01月12日 | 徒然 -tzure-zure-
今日はずいぶん暖かくて、

お昼、扉を開けるや、

梅の花の香りが

ふわんと、

来た。




あれだ。

ちょっと向こうの、

広い畑の真ん中あたりに、

紅いピンクの梢を点々と染め。


梅。



行ってみたけど、近寄れず。

ふっと過る風に乗っかる、

ふとしたあの香りだけ、

ふーんむ、と、吸い、

からだに呑み込む。

一年ぶりの、香。



一年ぶりに、

こんにちは。





写真にうまく撮れず、

残念半分で事務所に戻る。

ふと、

かたわらを、揺れる白いもの、



ああ、


ここにも、こんにちは。


先につぼんだ紫よりも

先を越したのは

白い方。


不意打ち咲き、

クリスマスローズ。

三つ、四つ、小さく。


紫のつぼみは、あと、一息。





寒さが厳しくなって来てた さなかに

不意打ちだったな、今日は。




東奔西走

2011年01月10日 | 徒然 -tzure-zure-
この連休中、
ひたすら動き廻っていました。

移動に次ぐ移動。

往って帰って、行って還って。





北は埼玉の熊谷(くまがや)

茨城のつくばエクスプレス上の、新しくて小さな、とある駅。


これから開拓されてゆく はじめの途上の、
まだほとんど何も無いような町に、降り立ちました。

駅前に、いわゆる大きな集合ショッピングセンターみたいなのがあって。
あと、ラーメン屋があって。
野菜タンメン食べました。

最近特に、野菜、野菜を、どんどん食べたい。




不名誉かもしれないので、名前は明かしませんが、
半未開の土地。

降り立った途端、

ヒュー ~ ~ ~ 

って、

西部劇ばりのわびしい土気色の、カラカラの乾いた風が吹くような。


、、ほとんど、何も無いなー!

東京からそんなに離れていないのに、それは結構、感動的な出来事。






いや、何にも無いなんてことは 無い。





荒れ野にも、花が必ず咲いているので。



「何も無い」
なんて、
途方に暮れることも、飽きることも、
実は、無い。




風もおとなしい 冬晴れの静まり返った昼下がり

カラカラの黄金の陽を受けて、

冬枯れの白い草が、時折、
キラキラして。








少し下って、
上野にも。

甲州街道から外堀通り、靖国通り、
白山通り、本郷通り、不忍通り、
入谷、日暮里、

少しでも土地勘のある 懐かしいところを通ると、
なんとなく、ほっこりしますね。





お施主さんとのとっぷりと綿密な打合せの
帰り路に、

「あっ、あれがもしや ウワサの」

の、




スカイツリーを目撃。


もう日暮れ、
早いなあ。





今日はまず、品川へ。

風が、
今日は北風が、ものすごくきつい。
軽トラは、たやすく煽られて、怖い。


甲州街道から、山手通りへ。

「頬を刺す 朝の山手通り」は、

なぜか
車ッコひとついない、ゴーストタウン状態の ガラガラっぷりで、

「どこのど田舎だ!(笑」なんて、思ったくらい。


そういえば、
世間は月曜にして、祝日。
世間はちゃんと、ホリデイらしい。





工事がいっこうに終らない、いつまでも でこぼこ、で、ぐねぐねの、
山手通り。
しかもスピード出してるもんだから、時々、ぼむんと、飛び上がる。



忘れものをして、2往復してしまった。


昼になると さすがに、「東京」に戻った。





西は立川、

帰り路に、国立に寄った。

去年の末に手がけた庭があるから、様子を見に行った。
あとちょっとやることが残ってるけど、だいたい終ってる。




ミツマタ。
ちゃんとつぼんでいる。




ロウバイも。
可愛く丸く、つぼみが膨らんで来ている。


この前「小寒」に入って、いよいよ本格的な「寒の入り」になったばかり。
このあとにはまだ、「大寒」が、待ち構えている。

だけど、

春はまちがいなく近づいている。
花がこっそり教えてくれている。



沈丁花も。

ここには、そう、初春を告げる花を色々植えた。

初春だけじゃなくて、そのあとの春も、
初夏も、夏も秋も。
次の冬も。

ぜいたくに、花が咲く。

自分の庭のように、楽しみ。





そう、この前、
桜に逢いました。



近くの野川公園で。

遠くから見て、どう見ても白くきらきらと、
冬の木立に、花が、ちらちら咲いている。
半信半疑で近づいてみたら。



「十月桜」でした。
冬に咲く桜も、あるんです。



つぼみのほうが、ピンクなのです。




窓を開ければ
庭の紅い梅も。

まだずいぶん小さいけれど、
咲きそうです。




やることいっぱい押し寄せて、
あっちへこっちへ、あわてふためき、

東奔西走している間に。









きらきらとながれゆくもの

2011年01月08日 | 遊興 -pleasure-
2011年のライブ初めは、

重松壮一郎氏の、ピアノライブ。
となりました。
旅するピアニスト。


昨夜、七日のこと。
国分寺にある「カフェスロー」にて。




カフェスローの、毎週金曜日に催されているライブイベント:
「暗闇カフェ」。


電気を全部消して、
キャンドルの灯だけにして。
静かな暗がりの中で、
ゆっくり、集中して、
聞き入る。

パフォーマーは、「暗闇演出人」。



やわらかな暗闇の深みを味わうライブでした。





重松さんと出会ったのは「森のテラス」でしたが、

やはり同じ「森」で出会った友人と、この夜、再会。

森番として一緒に働いた、本業=パン職人の、アヤコンタ。

あいも変わらずに明るくて、快活で、楽しそうにニコニコしてる。今は、パン屋を辞めたばかりで、ハローワーク中だって。


かつて森で共に働いた仲間たちは、
思えば、今やみなそれぞれに、
別の場所で、
それぞれに、頑張っている。


ひととき
同じ時間と空間と
苦楽を共有しながら、

みなそれぞれの流れで、やがて森を離れて、
みなそれぞれの道へ。
みなそれぞれに、忙しく。

それでいて、

また久しぶりに集まれば
「昨日も会ってた」みたいに、すんなりと、馴染む。

その人の今を象る、とりまく空気は
明らかに新しくなっているから、
雰囲気も、なんとなくだけど、変わる。

けれど、

共にまた、ひとたび、ひとところに集う時。

お互いにちょうどよいような、
懐かしいようなあの温度感をつくるコツは、どうやら自然に蘇るようで、

総じて、

「変わらないねー。」って、なる。

「変わったねー。」って、わかっていて、そう想っても、

やっぱり「変わらない」ものがあって。

それが、「仲」というものかな。

人と人の中にある、仲。向かい合う互いのあいだに生まれる、見えない空気感。


森で生まれた「仲」は、
自然さながらにゆるやかで、
それでいて長くて、

なんか、落ち着く。


もちろん、そういう「仲」は、森に限らず。


それぞれにふさわしい「しっくり」加減で、
それぞれに、在る。




ライブ開演まで、しばしの間。

ベジな食事(野菜カレーを食べた)のかたわらに、
オーガニックワインも頂きつつ、

近況うかがいしつつ、
胸がキュンキュンする話で盛り上がりったりしつつ。


ひとしきり笑ったりして、一息つかないうち、

やおら、

ゆるやかなキャンドルの明かりだけが残された、静かな暗闇になった。

おもむろに
開演。





重松さんのピアノ。




単純な「癒し系」ということばにあてはまるものではない。

「やさしい」とか「エコ」とか「静けさ」とか、
そういうお手柔らかなものでもない。

なにしろ、
あふれんばかりの超絶技巧。即興的で、ミスタッチも無い、凄い鍛練と集中力を感じる。


でも、
聞いてるほうは、湖の底に沈むくらいに、安らかに、まったりできる。

そして、
色々な、自然の、きれいな風景を
想い出す。


今日想ったのは、春の海の波 だとか

ピンク色の夕焼けに染まる海の凪
だとか


川辺のさざれ波の黄金のキラキラ
だとか

ちいさな草をなでる ふっとした川風の ひゅうと過ぎゆく感じ
だとか


河の滔々という、光陰織り交ぜたうねり

だとか、


、あと、

今まではあまり感じたことなかった、
嵐のどす黒紫の雲の、雨まじりの気流の揺らぎとかも。





いつも「河」を想う。

いつも、光る河のように、きらきらと流れゆくものを想うのだけど、


その河の水の厚み(3D感?)が増して、
そのぶん、そこに含まれる光のきらきら成分とか、
影の深み成分とかが、より立体的に、まるく、ふくらんだような。三次元的に、明らかに増えたような。

感覚的に言うと、そんな感じがした。ような。




音のイメージや解釈は人それぞれだし、説明はどうやっても微妙なずれを生じるものだから、

ぜひ、直に、聞いて欲しいと思います。ライブは、年間通して、全国各地でたくさんやってらっしゃるので。


ああ、そういえば、
去年長崎でやったライブに、森の元同僚が、来てくれたって、言ってた。

森を辞めて、長崎で働いてる、元同期のガール。
去年、湯布院のお菓子を送ってくれた。本物の花が入った煎餅。

あと、
京都で陶芸をしている、森で知り合った友人も、
「この前重松さんのライヴに行きました」って、年賀状に書いてあった。


旅する一人のピアニストさんのおかげで、各地に散らばるみんなが、繋がって。


直接にはなかなか会えないけど、
そんな繋がりの便りが伝わってきただけで、
少しだけ、会えたような。






ちなみに、
重松さんのベイビィ(生後半年)も拝みました。


ほっぺが真っ赤で、ぽてぽてに垂れて、まるまるしてて、可愛かった*


ちなみに、
年賀状、頂いております、ありがとうございます。
で、
自分あのー、、まだ、
オールクリア、白紙でございますすすすいません;

去年も遅くて、調べたら書いたの5日だったんだけど、、。それを上回る、、、。いやー、、、。

ポストから年賀口が消えてしまった頃に、しらじらしく、明けましておめでとうございますというハガキが、届いたり届かなかったりすることになろうかと思います…;;





今日は、熊谷とかつくばに出張中。車はさすがにあれなので、電車にしました。こっちのが、速いし疲れないし、危なくない。
今乗ってるのは、つくばエクスプレス。つくばエクスプレスは高い。


電車内に注ぐのは、うららかな、冬の陽。


雲ひとつない。



初旅:南房総の模様

2011年01月07日 | 旅録 -travelogue-
夜明け前、

南の先っぽの岬をめざす




明るくなって来ちゃう

けど

べったり低く 海の上に垂れこめていた雲のおかげで

間に合った




間に合ったら 間に合ったで

なかなか来ない





きた




きたきた



きてるきてる




GO. RAI. KO.



拝む



鳥が舞う


波打ち際は



貝殻だらけ

その中でも

七色に光る貝殻

拾った。



螺鈿(ラデン)。

綺麗。





そして 今年もやりました



手の平を太陽に 2011





そうこうしているうちに
周りのギャラリー 一切いなくなる。




そのまま初詣へ

南房総の南のさきっぽ、白浜野島崎から、
西に飛び出てる岬、洲崎の、
洲崎神社へ。



がんばらせる階段

急峻、かつ
ふみ面が 落ちる方(外側)にやや傾いてる恐ろしさ。



登頂。

あッ



富士山 ど真ん中に見える



山を降りたら




海の方にも 鳥居があって




御神石があって



富士山へ まっすぐつながる
海へ伸びて





初っ端から
いろいろ揃い過ぎてて
ご利益高そう




水仙の香りが



道に充ちていた






宿泊しているとこに帰り



ふとん干しまくったり

庭や家のかたづけ、掃除したり

庭の果樹(ハッサクとか)収穫したり





のどかな風景





のんびりもする


というか のんびりしかしてない





のどか以外の何ものでもない風景


アロエの花




あと
いわゆる 食っちゃ寝 食っちゃ寝




温泉も行った




お点前も



点てちゃった


そんな感じで




あっというまだけど どっぷり休みました
お正月




晴天続きの あたたか正月





模様は もちろん もっといっぱいあるけど

余韻もさておき
ざっくり 駆け足めでお届けしました。

お気づきかと思いますが
超久々に、写真データ内蔵HDDが(なぜか)復活!&なぜか止まってたネットも復活!記念。






正月のうららかさが、うそのように
どこへ去ったか

寒さがぐっと強まっていますね、最近。

されど
冬晴れ。晴天続き。

雪はまだ降らない、東京。

背景だけ、雪景色にしてみました。




おまけ

2010年大晦日の 海ほたるにて








咲い出しそう

2011年01月05日 | 徒然 -tzure-zure-
仕事始め。


事務所にあるクリスマスローズ
(、、というか、通称クリスマスローズだけど、学名で言うところのヘレボラス・オリエンタリス、正確には「レンテンローズ」と呼ぶべきらしい)

、が、

つぼみが明らかに膨らんでおりまして。


もう咲い出しそうなかたちをしています。


「咲う」と書いて、
「わらう」と読むということを、辞書をぺらぺらめくってて知ったのは、いつぞやか。


花が咲(わら)う。

とても好きな言葉です。

明るい三が日

2011年01月03日 | 徒然 -tzure-zure-


一年に(ほぼ)一度の、
風雅なる贅沢。、、いや、二度くらい、かな。


月和茶(ゆえふうちゃ)@吉祥寺。

一切はずれの無い、スペシャルなお店。中国茶カフェ。
オーナー自らが腕を振るう台湾料理も、どこまでも美味しい。はずれが無い。


特別贅沢な気持ちになれるので、
ここぞという、
とりわけ特別な時に、行くことにしています。


今日は、
フランス帰りの友人と、久々に会いまして。
新年だし。
久々に、赴きました。



ビジネス凱旋帰国の忙しい合間を縫って、会ってくれました。

変わらずの、みなぎるバイタリティー。たゆまぬ野望。
あふれてこぼれんばかりの生命力に満ちた人に会うと、
自分まで元気にさせられます。



二年ぶり?確か、そう。


久しぶりなんだけど。
再会が年単位になると、
「久しぶり」っていう感じが、
一周廻って、かえって薄らぐのか、

久しぶりって感じが、全然しないね。


って、なりませんか?



美味しくて、正しいものを頂ける贅沢。

未来という現実を、
不安ではなく、楽しみな気持ちと、野心と冒険心で、ぐいぐい手繰りよせる。

合間合間に、美味しい~って、とろけながら、笑い合う。


頑張ろうという気持ちが、こんこんと湧く。



そんなふうにして
三が日。


今のところ、毎日、明るい未来に向かってじわじわ湧いてくる感じがあり、
毎日それぞれ、新しい希望の種みたいなものをひとつまたひとつ、拾っていて、
なんだか、とても充実している感じがする、


となると、


今年も、きっと大変ではあるけど、良い年になる、
そんな気がしないではおれない。




昨夜は昨夜で、

毎年、同じこの日に開かれる新年会。

愛しい場所。
愛おしい人。
愛おしいという想いは、揺らぎながら、じわじわ、深まる。






そんなこんなで
三が日。


もういくつ寝ると、お正月終わり?


年賀状は、これから書かせて下さいな。

一年の計は

2011年01月01日 | 徒然 -tzure-zure-

千葉は南房総、館山に来ております。
で、その中でも、かなり田舎のあたりに来ております。

星が凄いです。




槇の巨大な生け垣や、ソテツの巨大な並木や、
花咲くアロエや、枇杷をよく見ます。

枇杷は、花が、ちょうど咲き誇っていて、甘く香っています。
水仙も、咲いています。



今日は、ご来光以降、風も無く。
じわり暑いくらいに、温かな一日でした。

洲崎神社で初詣しました。急峻な階段を登り、海の向こうに浮かぶ富士山を拝み。


昨日から居るのは、
もともと別荘で民宿だったけどかなりほっとかれてた一軒家。
友人たちと、滞在しております。




お昼、家の片付けやら、庭の手入れをしました。たくさんある果樹の、収穫もしました。採ってもまだまだある。楽園のようです。

庭の手入れとなると、本気になってしまいまして。
無心になって、熱中してしまいまして。

一年の計は元旦にあり。
というからには、
今年はどうやらまた、がつがつ労働してしまいそうです。





今しがた、温泉に、行ってきました。


そして今しがたから、晩餐の始まりです。鍋です。鮭がぷりんと、うまいです。

千枚漬けが、うまくてうまくて、たまりません。


元旦。皆様は、いかがお過ごしでしょうか。

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