7/18日、地震発生3日目の柏崎へ行った。
朝早く十日町JCの児玉理事長から電話があり「わりーけど、これから柏崎に行ってくんねべか?」とのこと。
もともとその予定ではなかったが、一人急にキャンセルになって、行けるメンバーが一人だけになり、手が足りなくなったようなので急遽行くことにした。
7:15松葉荘でメンバーのマルミ君と待ち合わせて、最初の集合場所である柏崎ボランティアセンターへ向かった。

↑行く途中見かけた倒壊家屋。
徐々にではあるが、家屋の復旧作業が始まっている。

↑立ち上がったばかりのボランティアセンター。
まだ受付前だった。
(柏崎総合福祉センター)
ボラセンに着いたと思ったら、ここではなく「市役所裏へ行ってくれ」との連絡が入り、行ってみると新潟ブロックのメンバーが十数人いて、避難所へおにぎりを運ぶ準備をしていた。(トップ写真)
「十日町さんは武道館に行ってください」との指示を受け、ようやく本日の仕事場へ配属。
行くと、燕三条JCのメンバー3名が来ていたので挨拶。
ここは、十日町と燕三条で担当する。
仕事の内容は、武道館にある支援物資の管理など。
トラックで搬入される物資の受け入れと、運搬、数量把握。

↑中には水、お茶などの飲料、食料、毛布などが山積み。

↑武道館の事務所内もこの通り。

↑すぐそばに自衛隊のヘリポートがあり、ひっきりなしに大きなヘリが離着陸している。

↑自衛隊が物資を取りに来て、避難所へ配送する。

↑午前中に到着したコンビニおにぎり10,000個。
一旦、武道館へ保管したがすぐに避難所へ配られた。

↑荷物が入ったかと思うと、またこの様に出て行く。
一般ボランティアの方がいて助かった。
食料も水も数千、数万という単位で入ってくる。
しばらくして、水2Lが3,000本、500mlが6,000本届く。
一般ボランティアの方も合流して全員で一斉に荷下ろし作業。
始まると写真を撮る余裕もない。
水の箱を積み上げる動作が「ビリーズブートキャンプみたいですネェ」とマルミくんが言った。
「そうだ、これでメタボ解消だ」と笑いながらリズムよく箱を積み上げた。
吹き出る汗が心地いい。
門前ではボラセンの電話番だったけど、こういう作業の方が働いている実感がある。

↑積み上げられた水の箱。

↑中には期限切迫品も届く。早めに出すように紙を貼った。
食料の他に、ウエットティッシュ、簡易トイレなどの衛生用品も動きが速い。
水道が復旧するまでは必需品なのだろう。

↑ウエットティッシュの山。
ウエットティッシュ1,700箱を積んだトラックが来た。
数が多すぎて降ろす場所がないので、他の保管所へ行ってもらった。
午後から、理事長と十日町のメンバー3名が合流。
理事長は発生当日から毎日来ている。
夕方、みんながパンの運搬に出払ってしまい、ワタシはひとり倉庫番。
あまり荷物の動きもなくなってきたので、在庫の管理表記入例などを作った。
明日からメンバーが入れ替わりで来るので、これで引き継げるかな。

↑パソコンがないので、手書きで作成。
エクセルでやるような仕事だが、こういう時は手書きが間違いない。
午後7時近くなってやっとパン運搬部隊が帰ってきた。
市の担当者に引き継ぎ、本日の作業は終了。
帰りの市内は復旧作業帰りのクルマなどで渋滞。
高速柏崎I.C付近も渋滞。
この日から、柏崎市全域で電気が復旧したらしい。
郊外のコンビニもいつものように明るく、食料も並んでいた。
無料入浴サービスを開始した川西の松葉荘や千手温泉も被災者でいっぱいだった。
家に帰って普通に風呂に入れるシアワセを感じつつ爆睡したのでした。
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朝早く十日町JCの児玉理事長から電話があり「わりーけど、これから柏崎に行ってくんねべか?」とのこと。
もともとその予定ではなかったが、一人急にキャンセルになって、行けるメンバーが一人だけになり、手が足りなくなったようなので急遽行くことにした。
7:15松葉荘でメンバーのマルミ君と待ち合わせて、最初の集合場所である柏崎ボランティアセンターへ向かった。

↑行く途中見かけた倒壊家屋。
徐々にではあるが、家屋の復旧作業が始まっている。

↑立ち上がったばかりのボランティアセンター。
まだ受付前だった。
(柏崎総合福祉センター)
ボラセンに着いたと思ったら、ここではなく「市役所裏へ行ってくれ」との連絡が入り、行ってみると新潟ブロックのメンバーが十数人いて、避難所へおにぎりを運ぶ準備をしていた。(トップ写真)
「十日町さんは武道館に行ってください」との指示を受け、ようやく本日の仕事場へ配属。
行くと、燕三条JCのメンバー3名が来ていたので挨拶。
ここは、十日町と燕三条で担当する。
仕事の内容は、武道館にある支援物資の管理など。
トラックで搬入される物資の受け入れと、運搬、数量把握。

↑中には水、お茶などの飲料、食料、毛布などが山積み。

↑武道館の事務所内もこの通り。

↑すぐそばに自衛隊のヘリポートがあり、ひっきりなしに大きなヘリが離着陸している。

↑自衛隊が物資を取りに来て、避難所へ配送する。

↑午前中に到着したコンビニおにぎり10,000個。
一旦、武道館へ保管したがすぐに避難所へ配られた。

↑荷物が入ったかと思うと、またこの様に出て行く。
一般ボランティアの方がいて助かった。
食料も水も数千、数万という単位で入ってくる。
しばらくして、水2Lが3,000本、500mlが6,000本届く。
一般ボランティアの方も合流して全員で一斉に荷下ろし作業。
始まると写真を撮る余裕もない。
水の箱を積み上げる動作が「ビリーズブートキャンプみたいですネェ」とマルミくんが言った。
「そうだ、これでメタボ解消だ」と笑いながらリズムよく箱を積み上げた。
吹き出る汗が心地いい。
門前ではボラセンの電話番だったけど、こういう作業の方が働いている実感がある。

↑積み上げられた水の箱。

↑中には期限切迫品も届く。早めに出すように紙を貼った。
食料の他に、ウエットティッシュ、簡易トイレなどの衛生用品も動きが速い。
水道が復旧するまでは必需品なのだろう。

↑ウエットティッシュの山。
ウエットティッシュ1,700箱を積んだトラックが来た。
数が多すぎて降ろす場所がないので、他の保管所へ行ってもらった。
午後から、理事長と十日町のメンバー3名が合流。
理事長は発生当日から毎日来ている。
夕方、みんながパンの運搬に出払ってしまい、ワタシはひとり倉庫番。
あまり荷物の動きもなくなってきたので、在庫の管理表記入例などを作った。
明日からメンバーが入れ替わりで来るので、これで引き継げるかな。

↑パソコンがないので、手書きで作成。
エクセルでやるような仕事だが、こういう時は手書きが間違いない。
午後7時近くなってやっとパン運搬部隊が帰ってきた。
市の担当者に引き継ぎ、本日の作業は終了。
帰りの市内は復旧作業帰りのクルマなどで渋滞。
高速柏崎I.C付近も渋滞。
この日から、柏崎市全域で電気が復旧したらしい。
郊外のコンビニもいつものように明るく、食料も並んでいた。
無料入浴サービスを開始した川西の松葉荘や千手温泉も被災者でいっぱいだった。
家に帰って普通に風呂に入れるシアワセを感じつつ爆睡したのでした。
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