“さるかに合戦”  臼蔵 と 蜂助・栗坊 の呟き

震災や原発の情報が少なくなりつつあることを感じながら被災地東北から自分達が思っていることを発信していきます。

7月8日から原発の新規制基準と安倍自民党政権の姿勢

2013年07月08日 10時59分58秒 | 臼蔵の呟き

社説で問題提起していることが常識であり、国民の感覚に一番あったものと思います。福島第一原発の事故原因が分からず、15万人の地域住民が故郷を追われています。しかも、核燃料はどこにあるかも分からず、原子炉に大量に冷却水を注入し続けなければならず、その冷却水は保管の限界を超えようとしています。東京電力は高濃度に汚染された冷却水を若干、放射性物質を除去して太平洋に廃棄しようとしているのが現状です。これで事故が終息したといえるような状況ではありません。

民主党の野田政権が関西電力大飯原発再稼動するためには、終息宣言がどうしても必要であっただけです。その終息宣言を全く見直すこともなく、各電力会社の赤字解消、電力使用の大手企業の要求を最優先させて、原子力発電所を再稼動させようとしているのが安倍、自民党、公明党の連立政権です。政権以外では維新の会、みんな党なども再稼動容認論です。

現在参議院議員選挙中です。エネルギー政策は国家の最重要課題であるにも関わらず、まともな国会での審議、国民的な判断が下されないなかでの再稼動申請、新基準を根拠とした電力企業の横暴は暴挙としか言いようがないものです。このような電力企業の動きは、安倍、自民党政権の暗黙の了解を前提としているとしか言いようのない動きです。

今日から新基準が適用されますが、福島第一原発事故の教訓は、事故が起きれば現在の技術では、事故対応ができないこと、地域自治体が広範囲に破壊されること、○年単位を超えるような避難が起きます。このようことから原子力発電所事故は絶対に事故が起きてはならないものです。しかし、自然災害を受けて簡単に複数の原子炉が破壊されるような事故が起きました。また、今後、他の原発で事故が起きる可能性は0ではありません。

原子力発電所の再稼動は行わないこと。原子力発電所の廃炉を国が計画的に進めること。再生可能エネルギーの開発投資を進めること。再生可能エネルギー供給の送電網を改善すること。(北海道などでは本州に送電することが容量が小さくて出来ない)安倍、自公政権の再稼動ありきの方針に反対です。

 

<5原発10基の再稼動申請>

原発の新規制基準施行を受け、北海道電力は8日、泊原発1~3号機の再稼働に向けた安全審査を原子力規制委員会に申請する。関西、四国、九州の各電力会社も同日午前に申請。規制委は順次、5原発10基の審査に入る。

 新規制基準は東京電力福島第1原発事故を教訓に過酷事故や地震、津波対策を強化し、再稼働は審査で新基準に適合しているかの確認が条件となる。

 申請はほかに、関電が大飯3、4号機と高浜3、4号機(いずれも福井県)、四国電が伊方3号機(愛媛県)、九電が川内1、2号機(鹿児島県)。九電は玄海3、4号機(佐賀県)を12日に申請する。

<河北新報社説>

原子力発電は一体、どこへ向かおうとしているのか。将来像についての議論は不在のまま参院選に突入した。
 7月8日から原発の新たな規制基準が適用され、北海道、関西、四国、九州の4電力が早速、再稼働に備えて計5原発10基の安全審査を申請するとみられる。参院選のさなか、停止していた原発の再稼働を目指す動きが本格化する。
 東京電力も柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)の安全審査申請を検討しているというから、驚くばかりだ。
 福島第1原発事故で放射能汚染を引き起こし、これから何十年も廃炉作業に取り組まなければならない企業が、その一方で別の原発を運転するというのは理解に苦しむ。
 再稼働に対し、自民党政権は原子力規制委員会によって安全性が確認されれば認めるという立場だが、原子力を取り巻く閉塞(へいそく)状況に変わりはない。核廃棄物の最終処分方法については、何の進展もない。
 再稼働が進めば使用済み核燃料は増え続け、今後の処分がさらにやっかいになっていく。解決策の手掛かりも示さないまま運転を認めるのは、無責任でしかない。
 原子力の安全性に対する根本的な疑問も拭い去られたとは思えない。福島第1原発事故によって、炉心溶融(メルトダウン)という極めて深刻な事故が現実になった。
 大量の放射性物質をばらまいて福島県などを汚染し、いつになったら戻れるのか見通しが立たない地域がいまだにある。福島第1原発事故ではっきりしたのは、絶対的な安全性はあり得ないということだ。
 各党の参院選の公約では、自民党を除けば濃淡はあるにせよ、おおむね「脱原発」を志向している。自民党と連立を組む公明党も「速やかに原発ゼロを目指す」という内容だ。
 原子力の当面の課題は、再稼働を認めるかどうか。実現までの道筋ははっきりしないが、規制委が技術的な安全性を認めたならば、国と地方の双方で政治レベルの判断が求められるとみられる。
 目先にとらわれず、将来の電源構成や核廃棄物の処分などを総合的に考え合わせて、判断すべきだ。長期プランがないままやみくもに決めてしまうのは、さまざまな問題の先送りにしかならない。
 仮に新基準を満たしたとしても、決して重大事故に至らないなどということは誰も保証できないだろう。目を向けるべきは、事故は起きると仮定して、その影響がどこまで深刻化し、いつまで続くかではないか。福島第1原発事故という判断材料が現にある。
 広い意味の安全性であり、原子力発電技術を採用していくのかどうかは、事故の影響度も大切な尺度になるはずだ。
 その視点がもし欠けていたならば、福島第1原発事故はなかったに等しくなる。そんなことが許されるわけがない。


争点は原子力発電技術の可否では

2013年07月08日 06時00分21秒 | 蜂助の呟き

こんにちは、蜂助です。今日もうっとうしい天気になりそうです。

すかしゆりが満開です。今年は連年より少し開花が遅いようです。すかしゆりは、オレンジ色や白、赤、ピンクなど多彩ですがこれは黄色のものです品種名がありますが忘れてしましました。

本日、4電力会社が結託して10基の原発再稼働申請をします。時期が少し遅れて東京電力も柏崎刈羽原発の申請をすると報道されています。原発新規制基準が本日施行されますが、どう考えても「再稼働ありき」の基準としか思えません。

さらに、原発輸出が8ヶ国で進められています。全く信じられません。

本日、原発の再稼働に向けた新規制基準が施行されます。本当にこんなことで良いのか。目先の「安全審査」でいいのかが問題です。

原子力発電技術は、将来の地球にとって、人類にとって、未来の生き物と地球環境に脅威を与えないのか迷惑をかけないのかという「本当に安全なのか」ということが問題なのではないでしょうか。すなわち、原子力発電技術を採用するかどうかです。

このように問えば、答えは簡単です。原子力発電技術を放棄し、現在すでにある、対象の使用済核燃料やプルトニウムをどうするかの後始末に着手すべきです。日本国内のすべての原子力発電所の廃炉の道筋と再生可能エネルギー活用の具体化、また当面の発電、現在の電力業界のインフラをどうするかなどを選挙の争点にすべきではないのではないでしょうか。日本の高い技術は国際貢献もできるでしょう。

使用済核燃料などの核廃棄物の最終処分をどうするか。現在、日本各地にある使用済核燃料は14200トンです。福島第一原発の汚染水は毎日400トンが出続けており1000トンタンクを2日半にひとつづつ作り続けています。この事実をどう見るのか。自民党や政府は、再稼働させてその後も増え続ける核廃棄物をどのようにするつもりでしょうか。核燃料サイクルなどというものが実現できない妄想であることは事実が証明しているだけでなく、アメリカはこの技術から撤退しています。

新規性基準によって、原子力発電所が再稼働しても、これは安全性が担保されたものではありません。耐火式になっていない電線を一匹のネズミがかじって漏電しただけで原発事故につながるかもしれないというおそまつな施設であることとは明らかです。一旦、大事故になるとどうなるのか、国民の被害がどの規模になるのか、その修復のために何年かかり莫大な費用がかかることも福島第一原発事故を見れば明白です。

今すぐ、原子力発電技術からの撤退とそのための対策を打つべきです。そして、今回の参院選では無理としても、こここそ選挙の争点にすべきです。