舞台の奥にはよく黒い幕が吊っています。これが暗幕。大きなやつは大黒とか言ったりします。上手下手の端の方、舞台の出入口に吊っているのは袖幕といいます。小さな劇場ではこれを工夫して吊り込んで舞台空間を作ります。大きな劇場では始めから吊ってあって、しっかり備えられています。
役者さんは、原則、この袖幕には触れてはいけません。この黒い幕は劇世界を区切る結界だからです。実際にはないものという認識です。不可抗力の時は致し方ないのですが、注意しなければなりません。ないものには触れられないからです。無防備に触れる人がいたとすれば、その人は舞台と無縁の方です。舞台関係者は周知しています。
35年以上前のことです。大きな劇場で舞台稽古の最中、長い待ち時間が生じました。待ち疲れた一人の男優が無意識に軽く袖幕を蹴ったのです。その刹那、調光室から声が聞こえました。「誰だ!今袖幕蹴ったのは!」と。皆、続きの場面に気が行ってたのでポカンとしていました。「謝れ!俺たちゃその道具に食わせてもらってんだ!その袖幕に謝れ!」と。男優は袖幕に土下座して謝りました。このことで、その時舞台にいた3、40人の俳優は一瞬のうちに、舞台で生きるとはどういうことか理解したのでした。
袖幕を見ると今もよく思い出します。その時、調光室から言った照明の先輩は、惜しくも若くして脳幹出血で他界してしまいました。しかし、あそこにいた全員が彼の声を忘れることは生涯ないと思います。 ありがとうございました<(_ _)>
(またも無断借用:愛澤アン嬢のXより)
美しい風景のカット