まんまるログ

融通性か?和・洋・中・無国籍・ジャンクとなんでも食べる胃袋と脳みそ。

続きの話…合歓さんへの手紙

2014年03月21日 | 日記
差別と差異……男の場所から見える景色と…女の場所から見える景色では違う。

若者に見える風景と老人に見える風景とは違う。

日本人には意識されないけれど…外国人だからこそ見えてくる風景もある。
親父とギャルでは見る風景が違う。
「親愛の情」と「嫌がらせ」との差異でおこるセクシャル・ハラスメント…
エロスとエロは一字違いで大違い。
「自分の責任で区別して、その辺も判断できんのかい親父ぃぃ」…怒鳴るしかなくなる。

主婦と言っても、シングルで子育てをするのと旦那がいて子育てをするのとは違う。
「シングルマザーに取って子育ては過酷な状況だと思う」頑張れ。
私の時代よりも現在の方が大変だろうと痛切に感じる。
性別。年齢。職種。都市部と地方の差位。
格差を完全に無くす事など、不可能に近いのではないか。

自分の中に「無自覚の差別」意識が存在する。それに気づく事。

それぞれの人間が相手の側に寄り添って、相手の風景を見ようと努力する事。

相手の立場への「イマジネーション」を働かせていく。

そうする事が大事なんだろう…と思うし、その事でしか差異は埋まらない様に感じる。

差別の問題に触れると、何だか怖いし尻込みするという人も多い。

政治構造や経済問題と違う、「硬化した矛盾のシステム」と言ってもいい。




庭の水仙が大きくなってきた。

日蔭のせいか、まだ蕾がかたい。

無自覚の差別」意識が存在する。
自分は日本人であり社会人である。女性である。母親である。
そういったまとまりの中で、自分自身を形成してきた…その事に気づく事。

その事で、他ではない自分が、自分自身を差別している事を理解できる。

「私、これしかできんし」「何しても、ひとつもいい事ない」「嫌いなひとばかり寄ってくる」
「俺は変わらん」「誰もリンゴの気持ちを解ってくれん」

この様な状態では、相手に自分の「痛み」を正しく伝えられない。

私とあなたは違う。

そしてそれは、悪い事ではない。



夜の庭の水仙は昼間と違う様に見える。

不思議。

























コメント
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