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免疫機能の異常でホルモンの一種のインスリンができず、高血糖になる「1型糖尿病」。患者は子供や若者を中心に、幅広い年代におよんでいる。こうした中、理化学研究所などのグループが注目すべき成果を上げた。発症を抑える免疫細胞を特定し、腸内の寄生虫が分泌する「糖」がカギを握ることを、マウスを使った実験で突き止めたのだ。さらなる研究を通じ、1型糖尿病の新たな予防、治療法の開発につながる期待が高まる。
1型糖尿病は、本来なら異物から体を守るべき免疫の仕組みが、誤って自分の細胞や組織を攻撃する「自己免疫疾患」の一種。インスリンを分泌する膵臓(すいぞう)の「ベータ細胞」が、自分の免疫細胞に破壊されてしまう。このため、食べ物から得られた血中のブドウ糖が細胞に取り込まれずエネルギーに変われないまま、濃度(血糖値)が上がって尿に出てしまう。
口の渇きや多尿、体重減、意識障害などが症状で、生命の危険が生じる。完治は難しいとされ、患者はインスリン注射を打ち続けて血糖値を制御する必要がある。原因となっているベータ細胞の破壊を抑えるには、どうすればよいのか。大きな研究課題となっている。
厚生労働省の研究班が2018年にまとめた資料によると、1型糖尿病患者は全国で推計約10万~14万人。米国の調査では2001~09年の8年間に、同国で20歳未満の1型糖尿病の有病率は約21パーセント増加したという。中高年に多い生活習慣病の2型糖尿病は、肥満などによってインスリンが出ても十分に効かずに高血糖になるもので、1型とは仕組みが全く異なる。
マウスを使った実験でまず、ベータ細胞を破壊する薬剤を投与すると、インスリンが作られず1型糖尿病になった。一方、腸管寄生虫の一種に感染させたマウスでは、薬剤を与えてもベータ細胞が破壊されず発症しなかった。
この寄生虫に感染したマウスでは、免疫を抑制する細胞の一種「CD8陽性制御性T細胞(CD8Tレグ)」が増加していた。ここからCD8Tレグを除去すると1型糖尿病が発症。また、寄生虫に感染していないマウスにCD8Tレグを入れると発症が抑えられた。
寄生虫に感染したマウスの小腸を調べると、寄生虫が糖の「トレハロース」を分泌しており、これを餌にして腸内細菌の一種が増加していた。野生の普通のマウスにこの細菌の仲間を与えるとCD8Tレグが増え、ベータ細胞を破壊する薬剤を与えても1型糖尿病にならなかった。
こうした結果から、寄生虫が分泌するトレハロースを餌とする細菌の働きでCD8Tレグが増え、ベータ細胞の破壊を食い止め、発症を抑制していることが分かった。寄生虫と細菌の連携プレーといえる。一方、ヒトの1型糖尿病患者でもCD8Tレグや、マウス実験で使った細菌の仲間が少ないことも明らかにした。
CD8Tレグは別の自己免疫疾患に効果があることが別グループの実験で分かっていたが、増える仕組みは未解明だった。有害なイメージばかり持たれがちな寄生虫だが、中には人体を守っているものがあることには驚かされる。
今後はCD8Tレグが増える詳しい仕組みや働き、細菌がどんな物質を出しているかの解明などが課題で、グループは研究を続ける。将来的に期待される臨床応用として、理研の大野博司チームリーダー(腸管免疫学)は「細菌が出す物質や、細菌を構成する物質を突き止めて飲み薬にすることなどが考えられる。1型糖尿病患者がこうした薬を定期的に飲むことで、インスリンを注射しなくても済むようになる」と展望する。
近年は衛生環境が良くなり、寄生虫や細菌の感染症が減る一方で、1型糖尿病のような自己免疫疾患やアレルギーなどの現代病が増加している。薬剤の普及で寄生虫感染が激減した地域で、実際に自己免疫疾患の患者が増加したことも分かっている。このように感染症が減ったために現代病が増加したとする考えを「衛生仮説」という。グループは今回の成果を通じ、この仮説をメカニズムも含めて初めて証明したとしている。
打ち続けなければならないインスリン注射は患者にとって大きな負担で、社会生活上の悩みの種にもなっている。今回は基礎研究の途上の成果で、臨床応用までの道のりはまだ遠いとみるべきだが、今後の着実な積み重ねに期待したい。