20.晩秋の東北 みちのくの旅
角館(かくのだて) 2018.11.15
江戸時代に栄えた城下町で、「みちのくの小京都」と呼ばれる角館。
半径2kmほどのコンパクトな範囲に、武家屋敷をはじめとした古くからの建造物が数多く現存しており、風情ある町並みを求めて、日本人はもとより外国人観光客も大勢訪れる人気の観光名所です。
武家屋敷群の表通りは国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けており、文化財として保護されています。
「石黒家」「角館歴史村・青柳家」「岩橋家」「松本家」「河原田家」「小田野家」の武家屋敷を実際に見学することができます。
中には現在も住居として使われているお屋敷も。周辺にはレンタル着物店もあり、アンティーク着物に着替えてお散歩するのもおすすめ。
日本情緒漂う町並みを着物で歩けばタイムスリップした気分を味わえること間違いなし。
「樺細工伝承館」から人力車に乗って通りをめぐれば、さらに気分が増すでしょう。
桜、新緑、紅葉、雪景色…四季それぞれの情緒がありますが、特に桜の名所として名高く、見頃となる4月下旬から5月上旬は多くの人で賑わいます。
武家屋敷の黒塀に映える、シダレザクラの桜色が風光明媚。角館町内には約400本ものシダレザクラがあり、そのうち162本が国の天然記念物に指定されています。
Dinner/Nocturne - Yo Yo Ma plays Ennio Morricone
菅江 真澄(すがえ ますみ、宝暦4年(1754年)
菅江真澄を高く評価したのは、民俗学の創始者である柳田国男(1875-1962)だった。
柳田は真澄を自分の学問の先覚であるようにして敬愛した。・・・
柳田が、「菅江翁の淋しい一生」
と書いていることに、私は、平素の柳田にはあらわれない感情を見た思いがした。
・・・同行の亡き友を悼むような感情が流れていることに驚かされる。
真澄は、三河では相当な家に生まれたらしい。
その教養も、多様だった。国学の造詣がふかい上に、医学や本草学においても、たしかな知識をもっていた。
画技のほうはしかるべき師についたらしい骨格があって、描写力にも富んでいた。かれは文章を書き、かつ風俗や景色を写生し、それを挿絵とした。
内田武志氏によると、晩年、秋田の村里では絵師とよばれていたらしい。
旅のさきざきで、求められるままにふすま絵や掛軸を描き、表具までしたという。真澄が漂泊者ながらなんとか食べてゆけたのは、一つには画技のおかげだったろう。
また、その文章によると、旅先で病人も見、投薬もしている。本草と医術も、かれの漂泊をたすけたかと思われる。