砂漠の音楽

本と音楽について淡々と思いをぶつけるブログ。

GRAPEVINE「Circulator」

2017-07-13 17:06:22 | 日本の音楽


夏だ、プールだ、砂漠の音楽だ!

暑さにやられて更新をすっかり忘れていた。私ときたら夏休みの宿題の類は一度も期限内に終わらせたことがない性質で、このブログに関しても「少なくとも、週に2回は更新しよう」と自分に課していたルールがいつの間にか「まあ最低週1回くらいで」「やっぱり隔週かな」「いや月1でもいいか」と規制緩和の波にのまれていた。TPP恐るべし!開国反対!!

さて今日は永遠の二番手バンド、果てしなく長いブレイク寸前と言われているGRAPEVINEの『Circulator』を紹介する。たった今彼らの大半のファンの機嫌をひどく損ねた気がする、夜道で殴られないといいけど。でも考えてみて欲しい、はたして彼らが一流の超絶人気バンドかどうか。ほとんどの人は、たとえ彼らの熱心なファンであっても「No」と答えるのではないか。
レコード会社に契約を切られるわけでもなく、彼らはコンスタントにいい作品を産み出しているし精力的にライブもおこなっている。しかし新譜がリリースされると「えっ新作出たの?よし買おう!」と思うよりも「あ...いつの間にか新譜出てたんだ。レンタル開始したらTSUTAYA行こうかな...」くらいの気持ちになるのは私だけではないはずだ。少なくとも自分にとっては「昔よく遊んだ近所の友達」くらいの距離感である。頻繁に会おうとは思わないけど、ときどき今どうしているか気になる感じ。わかるかな、わかんないか。


本作は彼らの4枚目にあたる。他の作品では初期の『Here』や『Lifetime』、それから『deracine』などもかなり好きだ。さんざん迷った末に、今回は夏にぴったりなこの一枚について話すことにした。『Circulator』(送風機)というエネルギーに満ちたタイトルも夏にマッチしているし。
あらためて考えてみたいが、彼らの魅力はいったいどこにあるのだろうか。ドラムとベースによる力強いグルーヴ感か、はたまたブルージーな西川のギターフレーズ、あるいは突き抜けるような田中和将の歌声、それからミステリアスで難解だがときにお茶目な歌詞。いろいろあるなかで、私が真っ先に思いつくのは「ほどよい地味さ」だと思う。おや、またしてもファンの機嫌を損ねた気がする、火あぶりに遭わないといいけど。
それはそうとして。派手なギターのソロもない、キャッチーな曲は少ない、聴き手が共感しやすいベタな歌詞もない。でも彼らはそれでいいと思っていてやっている節がある。そういった「自分たちが良いと思ったことを信じてやっている」ところも好きだな、と思う。途中でベースが脱退することもあったし、サウンドも1作ずつ微妙に異なっているから、もちろん彼らなりに悩みもあるのだろうけど。
それから上述した「ほどよい地味さ」について。地味だけどどこか味があるというか、じっくり聴けば聞くほど良さがわかるというか、スルメのような曲が多いのである。だから何気なく聞き流していた曲をたまにじっくり聴いてみると、あれこんないい曲だったっけ?と感じることがある。そういう発見が多いバンドだ。なんだか宝探しをしているみたいで楽しい。いやあ、この地味さはなかなか他のバンドには出せないのではないか(誉め言葉)

この『Circulator』というアルバムは、彼らのなかでは比較的売れた方だろう。「風待ち」「Our Song」などポップな曲が多いし、アルバム全体の流れが良い。勢いのある「Buster Bluster」から「Our Song」までの流れは完璧といってもいいくらいだ。後半になると今までの作品の流れを継いだような、ミドルテンポのひねくれた曲が増えていく。歌詞がきれいな「アルカイック」やこういう曲作れるのが彼らだよなと思わせる「波音」、そして終わりにふさわしい「B.D.S」などシングル以外もいい曲が多い。
このアルバムは、通り過ぎた少年期や思春期を大人になった今、少し遠い距離から見つめている。どこかそんな雰囲気が漂っている。ところどころにそう思わせるような歌詞が、地味だけど(しつこいか笑)心地よいメロディに乗って歌われていて、その部分がとても好きである。いくつか抜粋して紹介しよう。

GRAPEVINE - 風待ち

―あなたなら心の隙間 見抜きそうな気がした
―今ここになにが足りないのか わかっていない わかっちゃいない



GRAPEVINE - ふれていたい

―ふれてイエーいよう!すべては大成功! 
きみが笑った、明日は晴れ!



GRAPEVINE - Our Song

―意味などなくて ただそれだけで いいんだよなあ
どうして涙流してる? 一人じゃまるで見えないのが 日常で



難解な歌詞のなかにときどきあらわれる素朴なフレーズ。そういった「本音」の部分が垣間見える瞬間が、実にいいなあと思う。特にM9の「ふれていたい」は本作のハイライトだが、「きみが笑った 明日は晴れ!」という歌詞はずいぶん思い切った感がある。「きみが笑った」のと「明日が晴れる」のは何ら因果関係にないけど、でも人を好きになる感情ってそういうある種の「無敵感」みたいなものがあるんじゃないだろうか。なかなか濃密なアルバムなので、昼間よりも夜の散歩をしているときに聴くと良いと思う。物思いにふけりながら逍遥するにはもってこいのアルバムだ。なにしろ地味なので考え事を邪魔することも少ない。おっと、今度こそ穴に埋められ頭の上に馬を走らされるかもしれない。
とはいえあらためて聴いてみると本当にいいバンドだ。きっとこれからもそんなに売れないのだろうけど、こうして書いていると最近の動向も気になってきた。今日あたりTSUTAYAに寄ってみようと思う。またライブにも行きたい。


余談だがその昔、好きだった女子に「なんかおすすめのバンド教えて」と言われてこのアルバムを貸したら「私、この声好きじゃないのよね」と言われ、せっかく焼いた魚のパイを孫に全否定された老婆の気分になったことがある。もちろん食べ物に好き嫌いがあるように、人によって音楽の嗜好が異なるのは仕方ないことだ。私だってドライブ中に越天楽とか流されたら「その音楽止めてくださる?」と言うに違いない。