写詩之日々

写真と詩を載せています。

母子録(Ⅱ)

2023-11-01 05:42:35 | ポエム・写真

母が夏を通り越して
三ヶ月ぶりに帰ってきた
まだ眠たそうだが
リハビリの成果か
歩行器ハンドルを両手に
落ちている新聞紙を蹴飛ばし
軽やかな足取り

そうだ
敬老の日に町内会からもらった
商品券で寿司を取ろう
二人はテーブルに三時方向に座り
テレビを付けて
さっさと食べはじめる
退院祝いだねと僕が言う
母は貪るように食べる
そんなに急いだら
つっかえるよー
あー、お腹いっぱい
残った寿司を母の箸が
僕の皿に移して
母は寝床に急ぐ

いつもの夜にまた戻れたね
僕は自分に言い聞かせて
電灯のスイッチを切った
今までのように
これからもそうであるように


空き地

2023-10-08 03:13:38 | ポエム・写真



寂寞とした空き地に
秋風の吹く
乾いた砂塵に
眼をこする

いつのまにか家が消えた
浮かんできたのは
家族で囲んだ食卓だ
ばあさんやじいさん
よんちゃん
たかちゃん
よしおちゃんは何処へ行ったのだろう
母は相変わらずほっかぶり
猫のチコが魚をくわえる

屋根裏から見た雲
大きな虫や小鳥たち
モノトーンのテレビも
みんな友だちだった
空想が湧いていた
僕のメリーゴーランド

はじめは
僕たちが借りていただけだ
空き地は顔をかえて
もとの空き地に戻っている
消えたみんなも
いつか戻ってくる
空き地はなにも答えない


哀しみの習い

2023-10-02 03:04:26 | ポエム・写真

この哀しみは
どうしたものだろう
せつない哀しみ
底知れぬ哀しみ
荒涼とした哀しみ

どんな言葉をつかっても
言い表すことが出来ない

今までの悲しみは
嘘っぱちの哀しみだった
だれかの哀しみを
写したのに過ぎなかった
枯木の姿を
哀しみと決めつけていた

しかし本当の哀しみは
沈んでいくだけだった
なにも言葉が生まれなかった
そこにあるのは
哀しみの習わしだった

人間はいままで本当の
哀しみを書くことが出来なかった
それでもまだ
哀しみを
書きつづけようとしている


読まれなかった文字

2023-06-04 02:17:13 | ポエム・写真


誰にも読まれない石版文字よ
いつか貝殻に刻まれて
歳月を経て大理石化したという
△□×○α―@△

スミレやツヅミグサに囲まれ
人知れず埋もれる文字は
風雨の循環に晒されて
灰褐色に沈静している

友人のエス君が
生まれる前に
神の手で記述した
予言したのは人類だ

幼な髪の少女がのぞき込む
幸福を祈る場所となり
石塔となり人々が集った
君が生まれる以前のことだ

        写真:「平出浮足豊彫刻展~飛翔 放擲」より「あやとり」2023年5月19日撮影。


明日のために

2023-04-30 05:34:34 | ポエム・写真

結果が分かっている試合を
夕食をとりながら
録画で観ている
応援しているチームが負けたんだ
一〇対〇で
ひいきの選手も
四タコだ

母はいまだに入院中
となりの雑貨店は
シャッターを下ろしたまま
店主の消息はなく

ホームランをかっ飛ばして
この暗雲を吹き飛ばしたい
ダイビングキャッチで
元気を取り戻すはずだった
今日の試合

良いときがあれば
悪いときもある
分かっているけれど
目の前の負けが
不運な末路に
思えてしまう心境のときがある

早送りでもいい
今日の敗北を
しっかりと見届けなくては
明日は勝つだろう
そんな希望をぐいと飲み込む                                                       


   (※)四タコ:一回もヒットが打てないこと