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~球児たちの あしあと~

~逆境を生き抜く力~ 沖縄興南高校 我喜屋 優 監督

2012-07-05 | 読書



記憶に新しい2010年、史上6校目甲子園春・夏連覇を果たした
沖縄興南高の我喜屋 優 監督さんの著書「逆境を生き抜く力」を読みました。


「生活態度やしつけについて日本一、口うるさい野球監督」・・・

我喜屋監督さんご自身が、自分という人間を現わすのに相応しい言葉とおっしゃるように、
生活態度、礼儀、物事の考え方、人に対しての接し方、全てにおいて、
多分どの親も真似できないだろう日本一口うるさい監督さん(父)だろう。

しかしそれは、これから始まる選手(子供)の長い人生で起こりうる逆境に打ち勝つために、
高校生活、高校野球を通して精神力を養い、強い心が育つようにと、
その口うるさい監督さんは日本一、本気で真剣に子供たちを育てているのだと読んで感じました。

全ては今(高校生活、高校野球)じゃなく、これから続く長い長い人生のため。

そこに妥協はない。

2010年 島袋投手を擁し、春・夏連覇、沖縄勢として初の優勝を果たした興南高の勝利は、
技術でもない、普段の小さなことへの取り組み、彼らの「根っこ」が育った証だと我喜屋監督さんは言われる。

「仕事も人生も小さなことに全力で取り組めば大きな成果となる」

我喜屋監督さんが母校の興南高野球部の監督に就任された当時、寮生活は相当乱れていたそうです。
衝撃の光景から、甲子園春・夏連覇の偉業を成し遂げるまでの道のり、
我喜屋監督さんのご経験から、母校興南高の監督さんとなり、選手、子育てに掛ける信念の素が読み取れる一冊です。

全文を読み、自分自身の子育て、普段の生活、仕事も・・・
我喜屋監督さんの言葉に考えさせられた。

「逆境」を変えるために・・・より心に残った言葉を。

人生はいいことばかりではない。

物事というのは、うまくいかないことのほうが圧倒的に多い。

壁にぶつかったときに、どうするか。

逃げてつづけてしまう人。

立ち向かっていく人。

無為無策に過ごしてしまう人。

そのとき、その人の本当の姿が見えるのだと思う。

逆境から逃げれば逃げるほど、追い掛けてくる。

もし、立ち向かっていれば、嫌なこと、つらいこと、苦しいことはなくなっていく。

そしていつのまにか、それを楽しめるようになってくる。

苦労したことこそが、人生最良の思い出に変わる。


うまくいかないことがあって、どうしたらいいかわからない人は、

まずは目の前のほんの小さなことをおろそかにしていないか、考えてほしい。

早寝早起をする。

整理整頓を心がける。

バランスの良い食事をきちんととる。

まずはこんな当たり前なこと、ささいな事を再確認して欲しい。

その上で、わずかでもいいから前に進んでみよう。

はるか遠くにある目標を目指すよりも、目の前の小さなことに真摯に取り組むことだ。

たとえ1ミリずつでもいい。

自分のできることから一歩一歩進めていく。


当たり前のことを当たり前に・・・

目の前の毎日を真面目に何事も全力で・・・

他人への思いやりや礼儀を持つこと・・・

我喜屋監督さんの子育ての基本は、そんな難しいことではないのです。

でも頭では理解しているけど、生活の全て、人に対してできているか?というと
つい怠慢になったり、諦めてしまったり。

自分自身の子育て、生活の仕方、仕事への取り組み方、人へ対して・・・。
色々な部分で人はこうあるべきだということを勉強できた一冊でした。

ぜひ熟読して戴きたい、自分を見直すきっかけになる我喜屋監督さんの言葉です。


沖縄 興南高校 我喜屋 優 監督

1950年、沖縄生まれ
1968年の第50回甲子園で復帰前の沖縄代表となり、興南高校4番、主将として出場。
沖縄県勢を初のベスト4に押し上げた「興南旋風」と呼ばれる活躍をみせる。
高校卒業後、社会人野球の大昭和製紙富士に入部。
その後、大昭和製紙北海道に移籍し、1974年の第45回都市対抗野球大会では、
北海道勢初の優勝に貢献。
現役引退後は、大昭和製紙北海道の監督も歴任。
2007年より母校 興南高校野球部監督に就任。
2010年、史上6校目の甲子園春夏連覇の偉業と同時に、
沖縄県勢初の、夏の甲子園優勝を達成した。
現在は野球部監督の他、学校法人興南学園の理事長と校長も歴任している。


全国四千以上の高校があり、野球部がある。

その一握りの監督さんしか知らないけれど、こういう考え、こういう信念を持たれ

高校生活3年間という人生の一部であるが、真剣に真摯に情熱を持たれて

子育てをされておられる監督さんが大勢居られることに、私たち親は信頼と感謝を忘れてはいけないと思う。

まして、僅か16歳ほどで親元を離れ遠い地で高校生活を送る子供たちは、

親元の子供たち以上に、これからの人生のために学ぶことの大きさは計り知れなほど大きいだろうと思う。

指導者を信じ、我が子を信じ見守ることも、我が子の成長「根っこ」を育てる最良の3年間だと私は思う。

我喜屋監督さんのような指導者の下で、高校生活、野球ができる子供たちは幸せだろう。


また、我喜屋監督さんと同じような気持ちで子供たちを育てておられる北海道 鵡川高の佐藤監督さんがご勇退されると知りました。

佐藤監督さんの歩みと、砂川北高野球部、鵡川高野球部を書いた「北の球人」は以前紹介させて戴いたことがありますが、

佐藤監督さんも尊敬できる監督さんで、ご勇退を知り、また今夏、鵡川高の夏の終わりを知り、残念な気持ちでいっぱいです。

しかし、佐藤監督さんは鵡川高野球部の総監督さんとなられ、

三氣寮でも今までの様に寝食を共にし、選手たちを導かれていかれるのでしょう。


今週末から多くの高校球児の夏が始まります。

沖縄、北海道は一足に夏が始まり、夏を終えた球児が多くいます。

興南高も鵡川高も、その一校となりました。

新たな時代をスタートさせた興南高、鵡川高、夏を終えた選手たちは新たなステージのスタートに立ちました。

偉大な父の下で育った「根っこ」が、これからの長い人生で花開きますように。