和色ムーブメント

シニアになって、今一度「ムーブメント」を感じる旅に出てみようか

長い散歩

2008年10月15日 | 造形憧憬


先日、
俳優の 「緒形 拳」 さんが肝癌でお亡くなりになられました。
数多くの作品に出演され、個性的で存在感のある主役が張れる俳優さんでした。





『 長い散歩 』
この作品、映画館には行かなかったのですが、ずっと気になっていた奥田瑛二
監督作品です。心の揺れを独自の感性で表現する個性派タイプの俳優 奥田瑛二
が原案を描き、自らメガホンをとり、これまた、個性派の 緒形 拳 を主役に据えて、
社会問題となっている、親(特に母親)による子どもの虐待、熟年夫婦、特に定年
後のオヤジの悲哀、そして、家族や周囲の人間とどう関わるべきかなど、誰もが
陥ったり立ち止まったりする可能性のあるシチュエーションを組み込み展開されて
いきます。

主人公の
安田松太郎(緒形 拳)は、日頃、仕事中心で奥さんや娘とコミュニケーションが
とれないまま、高校の校長まで勤め上げて定年を迎えた厳格な男だった。こうした
松太郎のせいもあってアルコール依存症となった妻節子(木内みどり)が亡くなり、
娘の亜希子(原田貴和子)からは、親として三行半を突きつけられる。そこで漸く、
自分の人生や生き方を見つめ直し清算するために独り暮らしを始める松太郎。

小さなアパートに
部屋を借りた松太郎の隣の部屋では、男運の悪い 横山真由美(高岡早紀)と
情夫の水口(大橋智和)と真由美の娘 幸(杉浦花菜)が荒れた生活をしていた。
幸(サチ)は幼稚園にも行けず、いつもひとりで遊んでいた。夜中に部屋の外へ
出されて泣いていたり、体には無数のアザがあった。日常的に母親から虐待を
受けていることを松太郎は知り、元々持っていた正義感と、親として、夫として、
男として、何かできないか ・・・ といった感情が高ぶり、少しずつ行動を起こそう
とする松太郎。

ついにある日、
幸(サチ)の悲鳴が聞こえた時、部屋に押し入り情夫の水口を竹の棒で殴打した。
「おじいちゃんといっしょに行くか。・・・ 青い空見に行こう。綿飴みたいな雲が
浮かんで、白い鳥が飛んでる」 と言って、松太郎は幸を旅(散歩)に誘った。
幸を連れて、昔、家族で行ったその想い出の場所へ向かった。旅(散歩)の途中、
ワタルという青年(松田翔太)と出会い、一緒に旅(散歩)をすることになった。
ワタルは帰国子女で、周囲の環境や人間に馴染めず彷徨っていたところだった。
松太郎に加え、ワタルの存在が感情を表せなかった幸の心を少しずつ解きほぐ
していった。

ある朝、
寝床にワタルの姿がなく、心配になった二人はワタルを捜しに行った。池の畔で
見つけた二人の目の前でワタルは自らピストルで頭を打ち抜き命を絶ってしまった。
松太郎と幸は傷心しながらも旅(散歩)を続けた。「青い空に綿飴のような雲が
浮かび白い鳥が飛んでる」 その場所に何とか辿り着いた。そして二人は下山して
松太郎は警察に投降した。

ストーリーは
こういう流れですが、この作品はそのストーリーよりも、それぞれのキャストが各々、
自身のテリトリーと前後左右に存在するキャストのテリトリーを少しずつ共有すること
で、自身と周りの人々の変化を確認(表現)できるところに主眼があるような気が
します。そういう意味では、やはり、主役の 緒形 拳 の演技力は見事でした。当然、
この作品を撮っている時には、既に自身の病魔を知って闘っていたわけで、それが
一層、演技を際立たせたのかもしれません。そこそこ全力で走ったりするシーンが
あったのですが、個人的に少し居た堪れない気持ちになりました。しかし最後まで
役者にこだわって演じている 緒形 拳 さんを改めて讃えたい気持ちです。

それから、
幸(サッ)ちゃんを演じた杉浦花菜ちゃんという子役の演技力もレベルが高かった
と思います。そして、松田翔太さんの存在感はやはり親譲りなのでしょうか ・・・ 。
高岡早紀さんの演じた愛情に乏しい母親役、ハマり役と言うと語弊があるかも
しれませんが、いい味が出ていました。それから、監督の奥田瑛二さんも刑事役
で出演されています。当たり前ですが、この作品の意味を率先して表現されていた
ように感じました。(友情出演?で)1カットだけ医者を演じていた津川雅彦さんも
存在感を示しながら作品趣旨のつなぎ役に徹していたように思います。

少し歳を重ねてきた人間が
それぞれの “心を旅する” ような作品だという印象です。若い方にはややウケない
かもしれませんが、団塊の世代あたりの方々には沁みる作品ではないでしょうか。
前だけ向いて走り続けてきた人ほど、今の社会の中で起こっている理屈では処理
できない問題や閉塞感に覆われた環境へ追いやられるような恐怖を感じている
のではないでしょうか。そして何より、自身の周りにコミュニケーションのとれる仲間
が居なくなってしまうと、どうしようもない空虚感すら芽生えます。そんな心の隙間を
能動的に自身で埋めていこうというメッセージのような気がします。

 これまでの人生に大きな後悔はない。
   しかし、もう少しあの時、ああすべきだったのかも ・・・
 周囲の人のために生きてみたい。
   今まで自分は何ができたのか、これから人に何ができるのか ・・・
 自分の人生をやり残したくない。
   だからこそ、いっそう自分らしく素直に進んでみたい ・・・

こんな気持ちの人に沁みる作品だと思います。

刑期を終え、
松太郎が刑務所から出てくるエンディングのシーンでは、幸(サッちゃん)も
娘も迎えには来ない。そして、井上陽水の 「傘がない」(唄:UA) が流れる。
大人の男だから ・・・ そうだろうとは分かっているのが、やはり、切ない ・・・ 。
そんなラストシーンでした。


 

 

 

 

 


「緒形 拳」 さんと言えば、
一般的には、今村昌平監督の 「楢山節考」 などでの認知度が高いのでしょうか。
若い頃には、NHKの大河ドラマ 「太閤記」 の主役にも抜擢されたこともあったよう
です。もちろん、新国劇の辰巳柳太郎さんを師事し、劇団にいたわけですから、
正統派といえば正統派です。ただ、私の中では、野村芳太郎監督の 「鬼畜」 や
五社英雄監督の 「陽暉楼」、深作欣二監督の 「火宅の人」 などで見せる、自分の
世界観の中で少し歪んで生きていく男の役が 「緒形 拳」 らしいと感じています。
寡黙だがソワソワして落ち着きのないところがあったり、急に激高したり、シャイで
人間くさいところがあったり、といった役どころが似つかわしいと感じます。そして
もう一面、テレビドラマ必殺シリーズの第一弾 「必殺仕掛人」(池波正太郎原作)の
藤枝梅安 役で見せたような、職人的な男のカッコ良さですかね ・・・ 。

今回の作品で
演じていた 安田松太郎 という老人役を見て、やはり、まだまだ 役者 緒形 拳 を
見てみたかったという感情は残りました。しかし、カッコいい俳優はカッコいいまま
終わるのもいいのかもしれませんね ・・・ 。 ご冥福をお祈り申しあげます。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿