“ 波紋が広がる ”
という言葉がありますが、
“ 波紋を広げる ”
という目的(意図的)かどうかは別として、
誰かが池に石を投げ入れない限り、
勝手に波紋は広がらないものではないでしょうか。
今回の安倍総理(総裁)の辞任劇しかり、そこに至るまでの
一連の国会議員や役所の不祥事しかり、意図的なものがどれだけ
あったかは別として、不用意に足元の石を池に蹴り入れてしまった。
という印象です。 “有ってはなら無いこと ・・・ ” 何度と繰り返される
不祥事とその不祥事に対する弁明の言葉。
“責任は誰がどう取る?” 虚しく聞こえる同じ質問の繰り返し ・・・
波紋を広げた方や広げる原因を作った取り巻きの方々は、
司法や刑法に触れない場合でも国民感情に照らして、また、
其々が其々の信念や信条に従って自身で身を処すしかない
のではないでしょうか。
ただ、波紋はそこで終わるように見えますが果たしてそうでしょうか。
池の中心から広がった波紋は、乗除に収束しつつも岸にぶつかり、
もう一度、池の中心に向かっているというイメージは無いでしょうか。
見えないほどの波紋かも知れませんが ・・・ 。
これは最終末端の私たち有権者の責任です。(この責任はどうするのか?)
もちろん、国民は選挙でしか政党や政治家に対する信任の意思表明が
できない仕組みに歯痒さをお持ちの方々も多いことでしょう。しかしその時の
一票は “任せる” “お願いします” という有権者としての意思表示です。
偶々、池の傍にある小石を間違って蹴り入れてしまったのかもしれませんが、
その責任を問われないのは、その石を蹴り入れていない方にとって、それは
それで納得いくものではないはずです。難しい問題ですが、だからと言って
池の傍にも寄らず、“誰がやっても変わらない・期待していない・任せられない”
といった発言をする有権者こそが、池に遠い場所から小石を池縁に向かって
蹴っているということに気づくべきではないでしょうか。
私自身、偉そうなことを言えるような人格でも立場でもありませんが、
責任論からは何も生まれません。もっと国を良くするイメージを国民自身が
持つべきであり、それに関わるべきだと感じます。“ 歳相応に ・・・ ” という
言葉で客観的に捉えるつもりはないのですが、やっと、歳相当に世の中の
仕組みが理解できるようになった気がします。皆さんはどうでしょうか?
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