1月17日金曜日
自分史のはじめの部分を書いて見た,これが中々難しいのです。
ここには
1,書こうとする意図は何か?を明らかにしなければ成りません。
2,其の為に私のどんなことを書くのかを決める。
私を育てた環境は、 朱に交われば赤くなるから
私を育てた家族の人達・伯父伯母も含めて
学校を含めた地域社会の人達
少年飛行兵になって
親友の岡君との交友
戦後に ハーモニカ小僧といわれた
草野球に熱中したころ
精米所で精米したり・ウドンを打ったりして働いたころ
代用教員のころ 本当は真面目な不良少年?時代の頃
本当は真面目な?不良女学生?からの 冷やかされに
3,成人してからの自分の生きて来た姿
福岡學藝大學に入学して
門司市の学校に就職して
青年教師の頃
中堅教師の頃
管理職になっての頃
4,退職後の生活と其の活動
1 退職後の会の設立
2 社会か研究グループとの
3 学校保健会とのかかわり
4 城山会との
5 趣味の囲碁・バイオリンに・旅行等
6 交友のために
水誠会(詩吟之会)
百瀬ミュージックボランチアグループの応援
5 最後に
以上の中を取捨選択して,自分史に纏めるのです。どの
部分を充実させて、何をカットするか大いに、悩む処です。
其の為に先に進めそうにないのが,能力のなさかもしれま
せん。
一応書いていきながら,収まる処に収まってくれれば良い
のです。目次に従ってまあ書いて行きましょうか?
死の崖っぷちに立って悩む、いや悩む必要もない後期高齢者
です。がこれが贅沢な悩みと言うものでしょうか?。
悩みにも贅沢と貧乏が有るのでしょう,私が貧しく育ったので
神様はせめて悩み位贅沢を与えてくれたのでしょう.神様に
感謝・感謝致しましょう。
こう考えると人よりも人生は、2倍3倍も心豊かに生きられ
るのですよ。これが金なしの私の,処世術ですから。
才能なしので・・・自分史についてここを書いたら良い,ここ
は書かなくても良い等、勝手に言って下さい待っています。