「永遠の武士道」研究所所長 多久善郎ブログ

著書『先哲に学ぶ行動哲学』『永遠の武士道』『維新のこころ』並びに武士道、陽明学、明治維新史、人物論及び最近の論策を紹介。

自治体から郷土の偉人敬仰運動が始まつた

2008-11-12 20:27:45 | 【連載】 日本の誇り復活 その戦ひと精神
【連載】「日本の誇り」復活―その戦ひと精神(三十七)

自治体から郷土の偉人敬仰運動が始まつた

「嚶鳴フォーラム」市長サミットに参加して

 琵琶湖の北西岸に位置する旧安曇川(あどがわ)町・現在の高島市は、日本陽明学派の始祖中(なか)江(え)藤(とう)樹(じゅ)先生の故地であり、佐藤一(さとういっ)斎(さい)や大塩(おおしお)中斎(ちゅうさい)等陽明学に心を寄せ、藤樹先生を慕ふ人々は必ずこの地を訪ねてゐる。

9月27日、私は二十三年振りにこの地を訪れた。その日の午後、高島市で「嚶(おう)鳴(めい)フォーラム」が開催され、それに参加する為だ。「嚶鳴」とは「鳥がむつまじく鳴き交(か)はす事。又、鳥が友を求めて鳴く声」の意味で、上杉(うえすぎ)鷹山(ようざん)の師細井(ほそい)平(へい)洲(しゅう)が自らの私塾を「嚶鳴館(おうめいかん)」と名付け、平洲の遺文は歿後『嚶鳴(おうめい)館遺(かんい)草(そう)』として刊行され、西郷南洲を始め多くの志士に愛読されてゐる。

「嚶鳴フォーラム」は昨年、細井平洲を郷土の偉人と仰ぐ愛知県東海市の鈴木淳(あつ)雄(お)市長の呼びかけで始まつたもので、郷土の偉人を人づくり町づくりに生かしてゐる、全国の自治体関係者が集まり、「市長サミット」を柱として、「鳥が友を求めて鳴き交はす」如く、意見交換の場となつてゐる。第一回は十三自治体が集まり昨年七月に東京で開催され、小田原市の二宮(にのみや)尊(そん)徳(とく)記念館に視察してゐる。作家の童門冬二氏やPHP総合研究所・ANA総合研究所が企画運営に協力してゐる。

第二回の今年は、中江藤樹生誕四百年祭を半年かけて取り組んで来た滋賀県高島市が開催地となり、参加自治体は十一市で、伊達宗(だてむね)城(なり)の愛媛県宇和島市、佐藤一斎の岐阜県恵那(えな)市、二宮(にのみや)尊(そん)徳(とく)の神奈川県小田原市、大島(おおしま)高任(たかとう)の岩手県釜石市、多久(たく)茂(しげ)文(ふみ)の佐賀県多久市、田(た)能村(のむら)竹田(ちくでん)の大分県竹田市、渡辺崋山(わたなべかざん)の愛知県田原市、細井平洲の愛知県東海市、佐久間(さくま)象山(ぞうざん)の長野市、上杉鷹山の山形県米沢市、中江藤樹の滋賀県高島市の行政責任者や先人顕彰団体の関係者が集まつた(昨年は岡山県高梁(たかはし)市、長崎県対馬(つしま)市、富山県高岡市も参加)。

今年のテーマは「故郷の先人を活かした、まちづくり、人づくり、心そだて 未来を担う子供達の為に、今、為すべきことは?」で、各首長(市長7名、副市長2名、教育長2名)から、それぞれの体験に基づく実感ある力強い意見が交換された。地方分権が強調される中、街づくりと人づくりが地方政治の大きなテーマとなつてをり、如何に地方の地域コミュニティーを守つて行くのか、首長達の真剣な発言が続いた。

その中でも私に強い印象を与へたのは、開催地高島市の48歳の海東(かいとう)英和(ひでかず)市長の言葉だつた。海東市長は「戦争に負ける事によつて日本人の美しい心をあまりにも捨て去つてしまつたのではないか。」「『人権』などの外国から入つてきた概念では限界がある。日本に流れる価値観を自信を持つて打ち出す時が来てゐる。」と、戦後の人権教育に対して真つ向から疑念を提示された。

米沢市の安部三(あべさん)十郎(じゅうろう)市長は、「モラルのモデル捜しが必要だ。上杉鷹山公は経済の復興と共に人心の復興を行はれた。かつて、米沢に行くと無人の市(いち)が立つてゐるといはれた。それを現代に復活させたい。」と志を語られた。釜石市の河東(かとう)眞澄(ますみ)教育長は「釜石市は地震や津波や艦砲射撃等幾度もの災難に遭遇したがその都度甦つてきた。地域の立ち直つて来た気概、自分の生まれ育つた故郷の誇りを語れる様にならなければならない。」と述べられた。

東海市の鈴木市長は「トルコは親日家が多い。トルコでは118年前のエルトゥール号事件で日本人がトルコ人を救出した歴史を教科書で教へてゐる。頭が柔かい内にしつかり教へる事が重要。」と強調された。大分県竹田市の志賀克洋(かつひろ)副市長は「日本人が当たり前に持つてゐた美意識と大切な地域社会を、次の世代に受け継ぐ事が大切だ」と語られた。

 十一の市がそれぞれの取り組みについて具体的な資料を提示されたが、殆どの市が地域の敬仰(けいぎょう)する先人に関する副読本を作成して小中学校の道徳や総合学習に活用してゐた。更には、子供を教育するには大人の意識改革が必要として、地域を挙げて先人の学習に取り組んでゐる。日本の各地から日本人回復の確実なうねりが湧き起こつて来てゐるのを実感した。更に参加自治体が連携し合ふ事によつて「点から線へ」と流れが強まつて来てゐるのだ。

岐阜県恵那市では佐藤一斎の『言志四録(げんししろく)』から32の言葉を選び、子供にも解る内容で『親子で読む「言志四録」 おじいちゃんとぼく』を小三と中学生全員に四千冊を配布した。岐阜県東濃(とうのう)五市首長会議では恵那市長提案により、各市が地元ゆかりの偉人や文化財の「塾」を催す方向で一致したといふ。

神奈川県小田原市は二宮尊徳が実践した徳を育む地域作りの為に、地域住民も加はつて「おだわらっ子の約束」を制定、名刺の裏にも印刷して啓発に努めてゐる。『①早寝(はやね)早(はや)起(お)きして朝(あさ)ご飯(はん)を食(た)べます②明(あか)るく笑顔(えがお)であいさつします③「ありがとう」「ごめんなさい」を言(い)います④人(ひと)の話(はなし)をきちんと聞(き)きます⑤もったいないことをしません⑥どんな命(いのち)でも大切(たいせつ)にします⑦決(き)まり約束(やくそく)を守(まも)ります⑧人(ひと)に迷惑(めいわく)をかけません⑨優(やさ)しい心(こころ)でみんなと仲良(なかよ)くします⑩「悪(わる)いことは悪(わる)い」と言(い)える勇気(ゆうき)をもちます』と十の徳目が記されてゐる。

今年孔子(こうし)廟(びょう)創建三百年を迎へる佐賀県多久市は「文教の里」を目指し、百枚の「論語カルタ」を通して子供達に日常的に論語に親しませてゐる。東海市では平洲先生と鷹山公の繋(つな)がりから、全中学校が米沢への修学旅行を実施し、遠く離れた地に郷土の偉人の平洲先生を慕ふ人々が沢山居る事が感動を与へてゐる。米沢市の安部市長も自ら出迎へて話をし自治体挙げて協力してゐるとコメントされた。高島市では九歳で学問を始められた藤樹先生に倣(なら)ひ、小学三年で立志(りっし)祭(さい)を行ひ、副読本『中江藤樹』を小三から六年の各学年で学んでゐる事、原田龍二主演「近江聖人中江藤樹」の映画(112分)製作、演劇による追体験学習等が紹介された。

 伝統と文化の継承と国と郷土と愛する事を教育理念に掲げた新教育基本法を制定した時代への危機感と日本人の目覚めが、時を同じくして「嚶鳴フォーラム」を生み出したのだ。日本人の魂は必ず甦つて来ると確信した高島での体験だつた。

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