丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§5

2011年04月04日 | 詩・小説
   §5

 とは言っても京子さんに直接あたるわけにはいかない。それができるくらいなら苦労はしない。
 そこでまず、情報を集めることにした。デートの相手毎にさりげなく聞いてみることにした。しばらくして得られた結果を考えてみて気がついたことは、まったく何の情報も得られなかったと言うことだった。
 どういうわけか、みんな何も話そうとはしなかった。まるで誰かに口止めでもされているかのように。その話になると誰もがうまく話をぼやきあしていまうのだった。
 マリ子の奴が手を回して口止めでもしているのだろうか。こんなに大勢の女子達の口をふさぐことのできるのはあいつしかいない。そう考えてはみたけれど、よく考えればマリ子にそうまでする理由は何も思いつかなかった。俺に協力こそすれ、俺の邪魔をする必要がない。そんな無駄なことをすることに何の意味もなく、頭の切れるあいつのすることでもなかった。確かにあいつはみんなに信頼されていて、俺自身も信頼を置いているんだが。

 そういうことで、結局俺が京子さんのことで知っているのは、クラスと名前と、それから……えーーと、それから後は性別だけか。考えれば何も知らないんだな。我ながらあきれてしまう。本当に何も知らないんだ。住所は言うまでもなく、身長とかも。おまけにまともに顔を見られないとくるんだから。
 でも度胸を決めないと。当たって砕けろ!……でも、砕けてどうする?

 そんな時、どういう風の吹き回しか、マリ子が良い情報とアイデアを与えてくれた。その日あの人が幼児で学校から帰るのが遅くなるので、それまで誰にも見つからないようにしていれば、彼女の後を尾行して家を見つけようということだった。それくらいの度胸ならさすがの俺にもある。そういうわけで、ただちに実行することにした。

 一番の問題は、その時間まで俺の姿を誰にも見られないようにすることだった。なにぶん誰かに見つかれば、すぐに取り巻きが集まってくるという状態なんだから。ということで、俺が隠れていることに気がつかれればこの作戦は大失敗である。それでとりあえずトイレに潜むことにした。もしトイレに入ってくる奴がいたらびっくりするだろうな。トイレの臭いが俺の周囲から漂っていたりすれば尾行していても気づかれるかもしれないので、トイレ一面香水を振りまいておいたのだから。
 待ってる間、少々退屈だったから詰め将棋の本を読んで待っていたのだが、どういうわけか隅で詰まされる、いわゆる「雪隠詰め」の手ばかりで、自分が詰まされているような気分になって読む気がしなくなってしまった。しかたがないから何も考えずに、ぼうーっとしていたのだが、こんな姿、女子達に見られたら思いっきり失望されるだろうな。ああ、二枚目はつらい!

 意外と早くマリ子の合図があった。
 そこで俺はトイレを出ると、ちょうどあの人は帰るところだった。マリ子はあの人と一緒ではなかった。一緒だとどうしても俺の尾行が気になって気づかれてしまう可能性があるだろうから、ということで前もって話をしている。
 さあ、がんばろう。俺の胸は緊張でいっぱいだった。ゆっくりゆっくり、十分間隔を開けて。良い調子だぞ、今のところ気づかれている様子はない。しばらくそのままついて行った。しかし、何となく雰囲気が変だ。京子さんの家は俺にはまったく知らない場所のはずなのに、どことなくあたりの風景に見覚えがあるような気がする。まあ長い人生、知らないうちにいろいろな場所に出歩いているから、見覚えがあるような場所に来ても別に不思議なことでもないだろうが、それでも何となく気にはなってくる。

 かなり歩いてきた時、突然あの人は振り向きもせず、小走りで走り出した!そして角を曲がって姿が見えなくなった。俺はびっくりしてあわてて走っていったら、なんと、あの人は角を曲がったところの一軒の家の前に立っていた!そしてどういうわけか、追いついた俺の方を向いて、ニコッと笑ってこんなことを言い出した。
「お帰りはこちら。じゃあ、さよなら」
 ぽかんとしている俺を尻目に、あの人はさっさと今来た道を戻り始めた。すれ違った後も俺は呆然と突っ立つしかなかった。
 その時初めて気がついた。この家は俺の家じゃないか。つまり、自分の家に案内されていたのだった。なぜか知らないがあの人は俺の家を知っていたんだ。そのこと自体は嬉しいことではあるんだが、それ以上に俺の愚かな計画が最初からばれていたという恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを押さえられなかった。
 ちくしょう!マリ子の奴め!はかられたか。そうでもなければあの人に気づかれるはずがないんだ。