丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§9

2011年04月14日 | 詩・小説
   §9

 俺は毎日がバラ色そのものだった。
 日曜日、俺は2時間も前に約束の場所についてずっと待っていた。愛するとは耐えることなのだ。でも時間は意外と早く経ち、2時きっかりにあの人が現れた。感激の一瞬である。俺はすぐに持ってきた特性のサングラスを掛けた。まず俺の評定を悟られないようにしないと。しかし表情を分からなくするために、やたら濃いサングラスにしたために、かけた本人でさえまるでよく見えないという代物だった。まあこれならぼうっとして何も言えなくなることもないだろうが。けれどもそれでもなお結構あがっていたような気もする。

「マリ子、あなたの秘書みたいな事やってるんでしょ」
 開口一番あの人が言った。
「えっ、ああ……」
 いきなり何を言い出すのか、びっくりしたが、よく考えれば俺と京子さんとの共通接点と言えばマリ子になるわけなんだが。当たり前のことではあったが意外な事でお互い話がしやすい状況を作ることができた。そんなわけで、いきおいマリ子の事を中心に思ったより気軽に話をすることができた。
「あの子、昔から世話焼きな所があるのよ。とにかく一生懸命尽くすというか」
「でも、けっこう物好きなところもあるんじゃないのかな。俺みたいなのの秘書を自分からかってでるんだから」
「そこが彼女の良い所なのよ」
「でも、こんなことやってて、勉強やってる暇なんてあるのかな」
「やっぱり気になる?」
「そりゃ、十分感謝してるんだから」
 なんとなくぶらぶらしながら、顔だけは見ないで歩き回りながら言った。
「けっっこうきちんとやってるわよ。それに忙しければ忙しいほど身が入るんだって。わりと貧乏性のところがあってね、じっとしていられない質なのよね。だから料理なんかも得意で、おいしい料理見つけるとすぐに自分で同じ物作ろうとするの」
「へえ-、あいつがね」
「わりといけるのよ。よく食べに来てって誘われるんだけど」
「ふーーん」
 何かマリ子という同じ名前の、俺の知らない人の話を聞いているみたいだった。
「でもね、彼女のお家、薬局やってるの。そこでちょくちょく胃薬が減っているっていう噂が出てたりして」
 俺は思わず笑い転げてしまった。もう京子さんとはすっかり打ち解けたような気分だった。

 そんなうちに笑顔で別れて、生徒手帳を返すのをすっかり忘れていたのに気づいたのは、家に戻った後だった。何となく返すのが惜しいような気もしたり。

 その日からもう見る物聞く物、すべてバラ色の毎日だった。俺の話を聞いて浩二は、奴に似合わない深刻な表情を見せた。特にあの人が教室に生徒手帳を取りに現れた時には、浩二の奴、ハムレットさながらの顔つきだった。さてはあ奴、京子さんに気があるんじゃなかろうか。いや、さすがにそれはちょっとないだろう。だいたい浩二と京子さんではまったく釣り合わないし、二人並んでいるイメージがまったく思い浮かばなかった。
 さて一方マリ子と言えば、こいつもまた朝から気むずかしい表情をしていた。誰も寄せ付けないという雰囲気で、俺が話しかけることさえはばかられるほどだった。あまりの様子に、クラスのみんなも先生でさえ声を掛けづらそうだった。あいつにしてはちょっと珍しい事だった。もっとも翌日になると、前日は何だったのかと思わせるほど当たり前のマリ子に戻ってはいたが。