丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§8

2011年04月12日 | 詩・小説
   §8

 でもよく考えてみれば、マリ子も浩二も俺に協力するとかなんとか言いながら、やることと言えば、俺に恥を掻かせることばかりじゃないか。あいつら、よってたかって俺の邪魔ばかりする気なんじゃないだろうか。とにかく頭に来ることばかりではないか。
 でも、元はと言えば俺の気の弱いことから来るのが原因であって、表面だけ見ればあいつらはけっこう俺の手助けをしてくれているみたいではある。しかし俺の性格をよく知っている者のやるような事じゃないだろう。何か企んでいるに違いない。そうでなければ俺の邪魔をする理由がない。ひょっとしてあの二人、ぐるになっているんだろうか。

 そんなある日の土曜日、学校帰りの校門の所で俺は思いも掛けない落とし物を拾うこととなった。それはあの人、京子さんの生徒手帳だった。とりあえず俺はそれを家に持ち帰って考えることにした。どのようにしてこれをあの人に返せばいいんだろうか。一番簡単な方法はマリ子に預けることだったが、あいつのことだから、あんたが自分で渡せば、と言うかも知れないし、俺のメンツもあって、あいつに頼み事など、もうやりたくはなかった。それに、滅多にないチャンスを最大限利用するという浩二の言葉を思い出してもいた。
 こうなればもう恥は掻き捨てである。あれだけ恥を掻けば慣れても来る。その意味ではマリ子と浩二に感謝をしても良いだろう。
 でもどうしよう。郵送するのはそれで終わりだし、手紙を添えたりしたら、あんなこと書くのではなかったと、後で思いっきり後悔するに決まっている。愛とは決して後悔しないこと。だから後で後悔するようなことだけはしたくはなかった。

 手帳には住所は書かれていたが電話番号は書かれていなかった。それで、なんとなく電話帳を繰ってみた。相沢という名前は数多くあるが、手帳に書かれた住所に適応するのはどういうわけか1軒だけであった。俺は見るとはなしにその電話番号に見入っていた。俺の頭にその番号がちらついていた。覚えるとはなしに覚え込んでいた。もうこうなれば取るべき道はただ一つである。
 しかし電話を掛けて彼女が出たりしたら、たぶん俺は何も言えなくなってしまうのだろう。そんなことを思っていたら、素晴らしいアイデアを思いついた。

 まずカセットテープレコーダーを用意し、まず言うべき事柄を録音した。直接言えないことでもテレコにならはっきり言えた。その上で電話を掛けた。呼び出し音が鳴っている。俺の胸も高鳴っている。受話器が上げられたようで呼び出し音が止まった。同時に俺の胸の高鳴りも緊張感一杯で一瞬止まった。
「はい、相沢ですが」
 その声の様子で、たぶんあの人のお母さんのようだった。俺は少しだけ安心した。
「京子さん、おられますか?」
 どうにかそれだけは言えた。
「はい京子はうちにおりますが、どちら様でしょうか?」
「春日台高校の寺西五郎という者です」
「寺西さんですね。ちょっとお待ち下さい」
 もう後に引くことはできない。あの人を呼ぶ声の後に、階段を降りる音がする。いよいよである。足音が受話器に近づき、電話口で声がした
「はい、電話かわりました。京子ですが」
 あの、夢にまで見た(?)澄み切った声が受話器越しに聞こえてきた。俺は心を落ち着かせてテレコのスイッチを入れた。
 テレコから声が流れてきた。
『こんにちは。あなたの生徒手帳を校門前で拾いました。渡したいと思いますから、明日の2時に大崎公園に来て頂けないでしょうか』
 俺はテレコのスイッチを切ると、その仕掛けがわかったのか、受話器の向こうからクスッと笑う声が聞こえた。そしてそのすぐ後、彼女の了解の返事を得ることができた。
 とうとうやったのだ。とうとうマリ子や浩二の力など借りずに自分の力だけでやり遂げたのだ。俺は全身一杯喜びで満ち足りていた。