丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§7

2011年04月08日 | 詩・小説
   §7

「だまって帰ったりして悪かった。俺はちょっと青木君は苦手なんだ。悪く思うなよ」
 何にも言わないうちに先にこう言われたらこちらは黙るより他に仕方がなかった。
 マリ子も浩二も、こういうところはうまいんだから。これだからこの二人は、二人ともけっこうみんなに親しまれているのだろう。
 だいたい、俺と付き合う奴はみんな俺の影響を受けて真面目になるんだから。もっとも浩二の奴は「親しまれてる」と言うよりかは、からかわれていると言った方が良いかも知れない。とにかくモテるというイメージからはほど遠いのである。そして奴を一番よくからかっているのがマリ子でもある。二人が話をしていて奴がいつもやられっぱなしになっているのをよく見かける。奴がマリ子を苦手とするのももっともである。いや、マリ子だけじゃなく、全女性を苦手としていると言った方が正確な表現かも知れない。しかし、苦手と公言している割にはマリ子とよく話をしている場面を見かけるのはどういうことなんだろうか。

 中間試験をばっちりと決めて終えたある日、俺は浩二と二人で遊びに出かけた。奴の希望で喜劇を見に行くことにする。俺のイメージには合わないと難色を示したのだが、奴のたっての希望で従うことにした。
 渋々出かけたのにも関わらず、その喜劇の面白いこと。俺は恥も外聞もかなぐり捨てて、腹を抱えて笑い続けていた。とにかく何もかも忘れてくったくなく楽しんでいた。何も知らずに……。
 ふと俺は誰かの視線を感じて笑うのを辞めてあたりを見回してみた。そして確かに俺を見つめる目を発見した。と同時に俺はびっくりしてしまった。そこにいたのは誰あろう、忘れようとしても忘れられないあの人ではないだろうか。次の瞬間、俺は体中が恥ずかしさで一杯になってしまった。体中の血液が一気に体内を駆けめぐったように真っ赤になってしまった。
 俺の二枚目のイメージが崩れてしまうような姿を、よりによってあの人に見られてしまっていたのだった。どうしてこんな場所に?そんなことを考える余裕などまったくなかった。
 俺はもうじっとしておられず、浩二に黙って飛び出してしまっていた。奴は俺がいなくなってしまったことにまるで気がつかずにまだ見続けていた。
 とにかくこれでもうあの人の顔をまともには見れない。恥ずかしくて仕方がなかった。

 翌日、俺は真っ先に浩二に謝った。
「昨日は勝手に帰ったりしてすまなかった。ちょっとどうしても帰らないと行けない用事を思い出したので」
「まあいいよ。でも駄目な奴だな、お前は」
 何を言われても俺は謝るしかなかった。
「せっかく彼女がやってくるという情報を得たから、お前に会わせてやろうと思って連れて行ってやったのに」
「えっ、何だって!?」
 俺はただただびっくりしてしまった。
「チャンスなんて言うのは、滅多にやってこないんだから。最大限利用しないと駄目なんだから」
 俺はようやく事情を飲み込めた。