丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§17

2011年04月25日 | 詩・小説
   §17

 着いた先は浩二の家であった。ここに来るのは高校で奴と親しくなって初めてのことである。どういうわけか、奴が俺の家に来ることはあっても、俺が奴の家に行くことは一度もなかった。いつもうまくはぐらかされてそのままになっていた。
「お前にもまともな家があるなんて知らなかったな。結構良い家じゃないか。てっきり誰にも知られたくないほどひどい家かと思ってたぜ。どうして今まで隠してたんだ。いや、ひょっとしたら親はすごい有名人かなんかで、他人に知られるとまずい秘密とかあるのかな」
「有名人とかじゃないけど、そこはそれ、まあいろいろ訳もあってな。そこんところ、後で話そうとは思うけど」
「それよりさっきの話の続きなんだが。お前、けっこう詳しそうだから聞くんだけど。マリ子の奴、どうして俺の秘書役なんか買って出たんだ。俺に近づきたかったんだったら、もっと手っ取り早い方法もあったのに。何か知ってるのか?」
「そこは彼女の女心かも。いきなりお前に近づいてもうまく行くわけはないって考えたんだろ。目立たなくさりげなくお前の近くにいる方法を考えたんだ。そんなわけで、お前をもてさせればいいって思ったんだ。最初から彼女がしくんだ考えだったんだ」
「俺をもてさせたって?それ、どういう意味だよ」
「わかんないかな。いくらお前が二枚目だからって、そんなにすべての女の子が自分夢中になるなんてこと、本当にあるって思ってたのかよ。それもこれも、みんな青木君が仕組んだことなんだ。お前はすっかり彼女に乗せられたってことさ」
「馬鹿なこと言うなよ」
「ほんとに鈍いんだから。よく考えてみろよ。お前がモテモテになったのは一体いつからだったと思う。確かに昔からもてたって話は聞いたことあるけれど、そんなに大変なことはなかっただろ。本格的に大変な状況になったのは青木君と知り合ってからじゃなかったのかな」
「それはたまたま時期が重なった偶然だろ」
「じゃあ聞くけど、反対にどうしてあんなにいた大勢の取り巻きが、みんな急にお前から手を引いたんだ。おかしいとは思わなかったのか」
 考えてみればそうだった。好きなアイドルがいたとして、何か事件でもない限り突然見向きもしなくなるなんてあり得ない話だ。
 黙り込んで考え込んでしまった俺の様子を見て奴はうなづいた。
「そういうことなんだ。彼女は、お前のことで毎日時間を潰すことが楽しかったんだ。それだけで幸せだったのに、いきなりお前が憧れの人と話ができたってことで変化してしまって、もうすっかり慌ててしまったんだ。彼女の計画の中では、お前があの人と会うことなんかなかったはずなのに。今なら気づくよな。実は彼女が遠ざけていたんだよ。親友の行動ならすべて把握しているから、お前と出会わないようにすることくらいわけもないことだったんだ。自分の管理の中では絶対にお前とあの人と出会う事なんてなかったんだから。なのにお前は会ってしまった。それは彼女の計算の中に入っていなかったことだった。
 もっとも、そのおかげで逆にお前との時間も増えて、それはそれでよかったのかも知れないが。しかしそれ以上に不安も大きくなり、精神不安定になってあの海の日を迎えたんだ。あの日考え事をしながら泳いでいて、気がつけばいつの間にかかなり沖に出てしまっていたそうだ。まあ結果的には怪我の功名でうまく解決したけれど、文字通り命がけ。で、ああいうことになってもう自分の気持ちが抑えきれなくなって、お前が他の女の子と一緒にいること自体たまらなくなったようだから、17人全員片を付けたってことらしいぜ」
「あいつがそんなこと言ってたのか?」
「いや、後半は俺の勝手な想像。青木君には内緒。そんなこと俺が言ってたなんて彼女に知れたら、俺、たぶん殺される。ただでさえ苦手なんだから」
 こいつの話、どこまで信じればいいんだろ。しかし、俺に無関心の筈だったマリ子がひょっとしたらそんな気持ちでいたのかもしれないと思うと、少し複雑な気持ちがしてきた。
「それより、えーーと、そろそろ時間かな」
「何が?」
「まあ、いいからいいから。俺の家にお前を来させたくなかった理由と、どうして今日連れてきたのか、その理由を教えてやるから。ちょっと窓の外を見てみろ。面白い物が見えるから」

 俺は言われるままにカーテンを開け、窓を開けて外を眺めた。特に珍しい物はない。見えるのは隣の家の二階の部屋だけである。しかし、そこから見える部屋の中を見て俺は固まってしまった。そこにいたのは誰あろう、マリ子と京子さんだった。
「おい、どういうことだ!どうして京子さんとマリ子がいるんだ!」
 俺は我が目を疑ってしまった。京子さんが何かを言うとマリ子がこちらを見て、俺と目が合ってしまった。彼女もびっくりして叫んでいた。
「うわあ、ひどい!」
 そう言うなり、ガタッピシャっと窓を閉め、カーテンを閉め切ってしまった。マリ子も俺がいるのを知らなかったようだった。
「こういうことさ。隣にいたのがお京と青木君。青木君の家はお前も知ってるよな。ということは隣の家は誰の家だ?」
「そんな馬鹿な!」
「これが、お前をここに呼ばなかった理由さ。お京と歯俺たちが生まれる前から隣同士。俺3質は言ってみれば幼なじみって奴かな」
「マリ子は知ってたのか?」
「ああ、よくお京の家に来るから俺とも顔なじみ。で、俺たちのことも知ってるからうるさくて仕方がない。お京とはどんな関係だとかあれこれ聞かれて困ってる。困ったことにお京の奴も変に気を回すような言い方するもんだから。親同士が仲良すぎて、俺たちと関係ないところで変に約束しちゃったり」
「約束って、まさか……」
「親が勝手に言ってるだけ。俺はそんなの気にしてないけど、どうもお京の奴、ずっと小さい頃に、俺のお嫁さんになってもいい、って言ったとか言わないとか。そんな幼児の発言を真に受けるもんだから。で、あいつもそんな大昔の話、否定すればいいのに、青木君にぺらぺらしゃべったりするんだから。何考えてるのかわからん。というわけで、俺、青木君が苦手で仕方がないんだ」
「じゃあ、あの人の『彼氏』ってのは、つまりお前のことだったのか」
「何だよ、それ?」
 マリ子が口を閉ざすはずだ。こんなこと俺には告げられなかったのだろう。
「まあそんなことで、俺たち3人で共同戦線張ったってことさ。もっともお京が勝手に単独行動取ったおかげでかなりペースが狂っちゃったけどな。まあ、こちらも親友、あちらも親友、友だちの友だちはみな友だちでいいんじゃないかって」
 俺の京子さんへの想いが一度に萎えていくような気がしてきた。まさかこんな奴にすでに取られていたなんて。まあまったく知らない男でなくて良かったと思わないといけないのか。振り向いて窓の外を見ると、いつの間に窓を開けたのか、マリ子がじっと俺を見つめていた。でも俺の視線に気づいてまた引っ込んでしまった。京子さんの様子も見えたが、ニコニコ笑っているだけだった。


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