(写真)ギンヨウアカシアの花
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(野田市清水公園・ハーブ園)
「ミモザ」の花が咲いていた。
正しくは「ギンヨウ(銀葉)アカシア」と和名で呼ばれるが、早春の樹一杯の明るい黄色の花は艶やかであり息をのむ美しさがある。
「ミモザ」は、「マロニエ」同様にフランスの香りがする花樹という印象が強い。
実際、南仏カンヌの西方にある小さな町“マンドリュー・ラ・ナプール(Mandelieu la Napoule)”で「ミモザ」が咲く2月頃に“ミモザ祭り”が開催され、小さな街だがヨーロッパの観光スポットとなっているという。
日本では、野田市清水公園で“ミモザ祭り”が開催されていたという記録があったが、梅・サクラ・ツツジは数多くあるがミモザはあまり見かけない。
それにしても、黄色であふれる一面の広がり、街並みは印象的な景観を形作ることだろう。
「ギンヨウ(銀葉)アカシア」が属するアカシア属は、世界で1200種、オーストラリアには1000種もあるというが、熱帯・亜熱帯の植物なので日本では関東以西の気候温暖なところが栽培に適している。温暖なところのどこかで特色のある街づくりとして街一帯をこの花で埋めて欲しいものだ。
「マロニエ」「ミモザ」ともフランス的な香りがする樹木だが実際はそうではない。
「マロニエ」は、1576年にトルコからウィーンに種子がもたらされたので、チューリップ・ライラック・クロッカスなどと同時期にトルコ経由でヨーロッパに伝播したようだ。
(チューリップの伝播)
(クロッカスの伝播)
一方「ミモザ」は、南半球のオーストラリアからヨーロッパに入ってきたものであり、いつ入ってきたかは確認できなかったが、オーストラリアへの入植と無関係ではなく1800年代にはヨーロッパに入ってきていたようだ。「ギンヨウミモザ」の学名の命名時期が1888年でありこれ以前であろう。
「ギンヨウアカシア」の原産地は、オーストラリア南ニューサウスウェールズのクータムンドラ(Cootamundra)という小さな地域に生息する。
この植物を英名では「Cootamundra wattle」と呼ぶが、“wattle(ワットル)は、「編み枝」を意味し開拓時代の入植者が家の壁や垣根をこの枝を編んで作ったことによる。
それだけ、生活に密着した植物であるということがわかる。
「ギンヨウアカシア」のプラントハンター
この「ギンヨウアカシア」を採取したのは、ベイリー(Bailey, Frederick Manson 1827-1915)で、学名の種小名“baileyana”は、彼の栄誉を讃えてつけられている。
ベイリーは、1827年ロンドンで園芸家の次男として生れる。一家は数多くの果樹・ツタ類などを持ってオーストラリアに移住し1839年3月にアデレードに到着した。ベイリー12歳の時であり、これ以降父親の農場を手伝う。ここまでなら立派な農夫になるが転機は彼が24歳の1851年から始まる。この歳にベイリーはニュージランドに行き土地を確保して農場経営を行い、1861年から1875年までは種商をブリスベンで経営する。彼は、クイーンズランドの様々なところを探索し植物採取を行い、英国・ヨーロッパにこのタネを販売した。
ヨーロッパの育種商や園芸協会・植物園などがヒトを雇い未開拓地に派遣し植物を探索する分業システムとしての“プラントハンター”という形態から、採取した植物を育て販売する“シードマン(seedsman)”という形態がベイリーによって成された事は注目される。
また彼は農夫・プラントハンター・種商に止まることなく、1874年には植物探索の副産物として「クイーンズランドのシダ」というハンドブックを出版し植物学者としての実績も築き、翌年からは家畜と植物に影響を及ぼしている病気の原因を調査するクイーンズランド政府の植物学者となる。
ベイリーの名を冠した植物の品種が50種あるそうだが、出発はどうであれ、死ぬまで努力して勉強し続けた行為は讃えられてしかるべきだろう。
(写真)ギンヨウアカシアの樹と花
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ミモザ、ギンヨウアカシア(Acacia baileyana)
・ マメ科(ネムノキ亜科)アカシア属の半耐寒性の常緑高木。
・ 学名は、Acacia baileyana F.Muell.。属名のAcaciaは、“トゲがある”というギリシャ語‘akazo’に由来し、種小名はこの植物を採取したコレクターによる。
・ 英名はCootamundra wattle(クータムンドラ ワットル), golden mimosa。和名はハナアカシア、ミモザ。
・ 原産地は、オーストラリア南ニューサウスウェールズのCootamundraという小さな地域に生息する。
・ 樹高5~6mと高木に成長する。
・ 開花期は3月頃で、総状花序に鮮やかな黄色の小花を多数つける。
・ 葉は、羽のような羽状でネムノキの葉に似る。葉色が銀緑色でここからギンヨウミモザの名がつく。
・ 根に根粒菌をもつので荒地でも成長が早い。
・ 日本には明治時代末期に渡来する。庭木・街路樹として利用される。
・ 香水、アラビアゴムの原料とされる。
命名者:Mueller, Ferdinand Jacob Heinrich von (1825-1896)
ミューラーはドイツで生まれ、オーストラリアで活躍した植物学者・医師。
「ギンヨウアカシア」を採取したベイリーと同世代で、彼は1847年に南極に面した南オーストラリアのアデレードに結核の療養のために到着した。
アデレードなどの南オーストラリア地域は、1836年にイギリスの植民地となったところであり、地中海性気候地帯で今ではバロッサバレーの優れたワイナリーの地としても知られる。
ミューラーは、1848年から1852年まで各地を植物探索の旅を行い、数多くの新種を発見し1852年にロンドンのリンネ協会に"The Flora of South Australia".の著作物を送った。
1853年にはヴィクトリア政府(州)の植物担当になり、植物調査特に高山植物に関心を持って探索を行い、新しい種を発見するなどオーストラリアの植物の発展に貢献した。
コレクター:Bailey, Frederick Manson (1827-1915) : 前述
きれいですね。
私の回りではあまり見かけませんが、以前イタリアに行った時はあちこちで花が咲いていてとてもきれいでした。
それを思い出します。
このミモザの黄色は好きな色で日本でも広がるといいな~と思っています。
きっと日本では見られないツツジをご覧になっているのでしょうね?