ヒマ人クラブ

NO MUSIC NO LIFE! ジャズ、ロック、フォークが好きです。気ままにやっていきます。

憧れの管球式アンプ

2012-12-31 | 音楽遍歴

これまで30年以上使い続けてきたプリメインアンプ「サンスイAU-D707F」が経年劣化により、フォノ切り替えの端子が接触不良になり、うまくステレオ再生ができなくなってしまった。

さて、次は何を使うか。迷いました。AB級アンプか、A級アンプか、はたまた管球式にするか。

スピーカーをJBL143Mk2に交換して高域が伸びるようになり、RCAケーブルをAV用ケーブルを流用したので、30年経ったアンプでも音像がクリアになり、現代オーディオでいう「透明感」が増した装置になっていました。不満はありませんでした。端子の接触不良を除けば。

オーディオ・ショップで時々、聴かせてもらったアンプの音より、自宅の音が自分には一番しっくりきていた訳ですから、アンプ交換は悩みました。

どこで迷ったか。当然、アンプをショップで試聴しても、自宅でうまくなるとは限らないことは皆さん承知のこと。故に、メーカーの、アンプの「音」が、自分の好みと合うかどうかが問題となりました。ネットで、ラックスマンやアキュフェーズの比較記事を検索しむさぼり読みました。

結論を引き出す下地は20数年前に遡ります。「ALPINE/LUXMAN LV-107U」というアンプがありました。いわゆる管球式アンプの風貌ではないのに管球式アンプであるそのアンプに気を惹かれた頃がありました。アナログ・ディスクの魅力を引き出すとともに、CDにも対応するアンプというふれ込み。

今回は購入予算も考慮し、「SQ-38u」としました。入れ替えた時は、やや高域が抑えられていることに違和感がありましたが、音量を上げていっても耳触りがありません。しかし、以前言われたようなナローレンジという程でもありません。先週は、最近購入したレコード聴きまくり週間となりました。

今回の購入検討でA級アンプも視野に入れていましたので、次回はこの線で検討することになるでしょう。そのためには、今しばらく、せっせと働くこととします。

では、皆さん、良い「音」しを!

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食いのこし番外編5「ネットオークションで、昔のおとしまえ・・・」

2011-07-11 | 音楽遍歴

著者と同時代を過ごしてきたので、やはり高校生が小遣いで買えるものには限度がある。

正月、お盆、誕生日が毎月のお小遣い以外にお金が貰える時である。

それでも、限度がある。

今は大人買いしているものの、やはり限度はあるが。

故に、本当に欲しいと思うレコードしか購入しなかった。

ラジオから得た情報で購入することは稀であった。

ディープ・パープル、泉谷しげる、岡林信康などの新譜が購入の中心だった。

レッド・ツェッペリンもセカンド・アルバムを持っているだけ。

高校時代、フリー、キング・クリムゾン、マウンテンは持っていなかった。

大学生になってジャズを聞くようになり、社会人になって中古レコード屋巡りをするようになった。

社会人10年目の頃、ロックや日本のフォークのライブ盤に注目するようになって、かつてのアルバムに目が向く。

いろいろな本も読んでみると、自分の知らないアルバムがあることを知る。

レコード屋でも、中古レコードやでも、ましてや中古レコードフェアの会場でも見たこともないアルバムの存在を知ることになる。

それから、また、10年が経過し、インターネット時代を迎える。

この10年間、探しても見つからなかったアルバムがネットで簡単に検索でき、少々割高であっても手に入るチャンスがある。

ついに、ネットオークションに手を出す時期が訪れた。

3年程、ネットオークションにお世話になったが、自分が欲しいと思ってネットオークションで手に入れたレコードが次々CDで復刻された。

まてば、復刻される時代になった。

その一例が、キング・クリムゾン『Earthbound』。

フォークでは春一番コンサートのライブ・アルバムの数々。などなど。

未だに復刻されないもの、未だに現物にであったことのないアルバムはあるが、ネットオークションから手を引いた。

ジャズの世界には、オリジナル盤や幻の名盤という高嶺の花があるが、もっと身近に楽しみ方があることをネットオークションから経験した。

 

 

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食いのこし番外編4「レコードクリーニングの囚人」

2011-07-10 | 音楽遍歴

今でも行っている儀式である。

クリーナーとスプレーは、今も使っています。そして、レコード針用クリーニング液も。

ずっと以前に、レコード盤の上に、自走式クリーナーを置いて使ったことがあるが、レコードレーベルに回転跡が残るような気がして、すぐに使用をやめた。この自走式クリーナーはレコード店のポイントを貯めてもらったものだから、もったいないとは思ったが使い続けれなかった。

その次に、この本に出てくる「アーム付ブラシクリーナー」というのも使用したことがある。

しかし、儀式をおこなっているので、このブラシクリーナーも必要なくなった。

儀式は単純。

レコードをターンテーブルに置いて、プレーヤーの回転スイッチを入れる。

回転しているレコードにスプレーを1秒程吹き付ける。

レコードクリーナーにブラシをかけ、レコード溝に対して垂直より少し角度を持たせ、中心から少しずつ外側へ移動させる。

垂直のままでは、ホコリはレコード盤に残ってしまうからである。

中古盤の時には、これを2回繰り返してから聞いている。

この儀式があるから、レコードを聴くときは集中できるのである。

でも、最近はCDを聞くみたいに、途中で居眠りしているときもある。

オートリフトアップ機能は付いているが、これではいけないと思っているが。うつらうつらとなる時が・・・

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食いのこし番外編3「4チャンネルのおとしまえ」

2011-07-06 | 音楽遍歴

4チャンネル・ステレオを購入したんですが、4チャンネル・レコードは1枚も購入していません。

CD-4方式は、確かに4チャンネルを感じるんですが、音楽を聴くには落ち着かないんですね。

他の4チャンネル方式は、あまり4チャンネルを感じないんです。

それが、時を経て、

映画『マトリックス』で、主人公が弾を避けて、背面に仰け反るシーンがありましたが、

あの効果音が、前から後ろへ突き抜けていった時、衝撃が走りました。

映画には合うのです。で、サラウンド5.1に傾倒していきます。

後ろが気になる時があります。効果音は凄い。

SACDのマルチチャンネル録音も気になるところですが、あくまで臨場感は求めますが、

後ろのスピーカーからリードギターの音が聞けたからといって、それだけの驚きしかないですね。

ピンク・フロイドやELPなどのプログレには向いていると思いますが。

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「オーディオ小僧の食いのこし」番外編2

2011-07-04 | 音楽遍歴

もう少し続きを。

ステレオを購入してからは、FM放送をよくきいていました。しかし、著者のようにエア・チェックはほとんどしませんでした。

それは、テープが高価であったため、気軽に録音できなかったことが理由です。

なので、ねだって買ってもらったオープンリール・デッキは活躍の場を得ないまま、ステレオ・カセットデッキに座を譲ります。

リールに録音されたのは、ベック・ボガート&アピス、いわゆるBBAのファースト・アルバム『BBA』。

ステレオ・カセットデッキは、スピーカーが付いているもののモノラル。録音はステレオなので、ほとんど、ヘッドホンで聞いていました。

著者の言うところの「寝床オーディーオ」です。

ディープ・パープルを聞きながら就寝。

結婚するまで続きました。

故に、このデッキ以降、社会人になってからはウォークマン、CDウォークマンのお世話になりました。

今では、携帯プレーヤーのお世話になっていますが、さすがに自宅では聞きながら寝ませんが。笑。

ところで、前に戻り、ステレオ・カセットデッキには、ステレオ・マイクが付属されていましたので、小生も生録に出かけたことがあります。

近くのせせらぎの「音」を録りに行きました。

当時は、蛍が出るような清流なのですが、周りは田んぼ。

時間は、午後8時頃。

最初のうちは、再生していても涼やかで気持ちいいのですが、何を思ったか、真っ暗な中で懐中電灯を持って出かけて録音したので、突然「暗闇」のことが頭によぎった途端、ぞぞっーと寒気を感じたんですね。

もう、ヘッドホンで聞くことはありませんでした。汗!!!

続く。ではでは。

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オーディオ小僧の食いのこし

2011-07-03 | 音楽遍歴

牧野良幸氏著作の本のタイトルです。

『僕の音盤青春記』に次いで2009年刊の本である。

はまりました。

『僕の音盤青春記』はまだ中途なのに、一昨日に届いた『オーディオ小僧』を一気に読み終えた。

ほぼ、同じようなオーディオ遍歴。

思わず吹き出してしまいます。

それぞれのテーマにコメントを送りたくなるほど、似通った時代を著者も歩んでいます。

小生にはSPレコードとの出会いはありませんが、テープレコーダーで自分の「声」を初めて吹き込んだ子供の頃のことは記憶にあります。

自分で購入したことはありませんが、ソノシートを友人宅で聞かせてもらったことはありました。

小学2年生の頃、叔父の家でポータブルプレイヤーで聞いたスパイダースの「夕陽が泣いている」が、初めて聞いたシングル盤です。

その後、従兄のところで、寺内タケシの「運命」やローリング・ストーンズの「テル・ミー」を聞いていきます。

小学校5年生の頃、グループ・サウンズが全盛期で、ポータブル・プレイヤーが欲しくて堪りませんでしたが、親の意見に従い購入を断念しました。確かに、この頃は、切手集めに夢中でしたから、小遣いではとても賄い切れなかったと思います。

中学1年の冬、ついに深夜放送や電話リクエストを聞き始めます。

ここで、ポップスやロック、当時流行し始めたフォークソングを聞き始めます。

中学1年の時、英会話用に買ってもらったカセットテープレコーダーに好きな音楽を録音し始めたのもこの頃です。

特に、ソニーがスカイセンサーを発売する直前の頃に買ってもらったラジオ「The 11D」から聞いたFM放送の「音」のクリアさには驚きました。

ステレオもないのに、中学3年生でブラスロックバンド・チェイスのアルバム『チェイス』を購入。初めてのLPレコードの購入。

その後も、ディープ・パープルの『マシン・ヘッド』、岡林信康の『狂い咲きコンサート』などを購入しています。

高校に合格した時、著者と同様に4チャンネル・ステレオを購入してもらいます。

この時、スピーカーの数が多い方が良い音がするのではないか、ウーハーの口径は大きい方が低音が出ると思っていたので、少し高めのシステムを購入しました。オート・スタート、オート・リターンの機能。贅沢にも、オープンリール・デッキも一緒に購入してもらいました。

この本が自分史に見えてくるので、苦笑の連続。

続く。ではでは。

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『僕の音盤青春記』番外編2

2011-07-01 | 音楽遍歴

第1章 中学2年生 「サイモンとガーファンクル『ギフト・パック・シリーズ』」

小生も購入しました。

「シカゴ」です。

牧野氏は赤い箱でしたが、小生は銀色の箱、CBS・ソニー創業4周年記念盤です。

えっ、まだ4周年なのに、記念盤。改めて、驚いてます。(気づいていなかった。)

ちょうど、ラジオ放送で「サタデイ・イン・ザ・パーク」が流れていたころで、『シカゴⅤ』が発売された頃だったと思います。

ブラス・ロック・バンド シカゴのレコードはどれも、2枚組。『カーネギーホール』に至っては、4枚組。

おいそれとは、手が出ない。

ベスト盤である『ギフト・パック・シリーズ』は、LPレコードを購入し始めた中学生には、お手頃、お得な品だったのです。

2枚組、3000円。しかも、ベスト盤。

その後、トータル・アルバムを意識するようになっていくのですが、時には、ベスト盤、コンピレーション盤にも手を出すことがありました。

これは、ヒット曲を中心に聞くには都合がいいのですね。

サイモンとガーファンクルやアメリカ、Tレックスなんかはこういう聴き方をしていましたね。

続く。ではでは。

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僕の音盤青春記1971-1976

2011-06-30 | 音楽遍歴

番外編です。

また、いつものように書店に立ち寄った時です。

購入したのは、ジャズ批評。

で、いつもは電車に乗って帰ってしまうのですが、その日は時間が少しありました。

いつも立ち寄る書店の本の配置が変わって、「芸術」のコーナーが3階に配置換えになっていたので、何かあるかなと期待せずに階段を上がっていきました。

「音盤」、「1971」に目を引かれました。

「音盤」と言えば、LPレコードです。シングル盤も含むのが常識なのでしょうが、小生にとってはLPレコードです。

「1971」は当然、西暦1971年。フォーク・ソングもハード・ロックも花盛りの時期です。

牧野良幸著『僕の音盤青春記1971-1976』(2007年刊 音楽出版社)を手に取りました。

同年代の著者は、西三河は岡崎の出身。

東三河の小生は、一気に親近感を持って、パラパラと中身を見ました。

「おうおう、そうそう」ってな感じで、似たような音楽遍歴だなっと、一人悦に入って、レジへ向かいました。

 

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私の音楽遍歴 第14回(オーディオ編その6)

2009-10-18 | 音楽遍歴

前回、ヤマハA-2000を試聴したと記載したが、’83年発売の製品なので、この時に試聴することはできない。

では、いつ試聴したのか。

当時、職場の先輩がJBL L112を、サンスイ D-907かAU-X11で鳴らしていた。

L112は、JBLのコンシューマー・スピーカーで、白いウーハーが目を惹く人気のスピーカーであった。

このスピーカーを話題のA-2000で鳴らしたら、どんな「音」になるだろうか、

そう考えたのではなかったか。

言葉では表しにくいが、音場が広がり奥行きを感じる「音」であった。

この時に、JBLとA級アンプへの憧憬が生まれた。

四方山話:今、ゴルフの日本オープンが終わった。3人によるプレーオフ2ホール目に決着がついた。残念ながら遼君は優勝できなかったが、今後を期待させるプレーであった。

 

 

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私の音楽遍歴 第13回(オーディオ編その5)

2009-10-15 | 音楽遍歴

アンプはお店の薦めで、

サンスイ AU-D707F

とした。

他に試聴させてもらったのは

ヤマハ A-2000

音の広がりをこのアンプに感じた。

A級アンプや管球式アンプへの憧憬を持たせてくれました。

D707Fは、今も現役でスピーカーを鳴らしています。

レコード・プレーヤーは、

デンオン DP-55L

オート・リフトアップ機構付なのでLが型番に付いている。

これに、オーディオ・テクニカのMM型カートリッジをお店の人は付けてくれた。

しばらくして、カートリッジはMC型 デンオン DL-103に付け替えた。

プレーヤーとカートリッジのこの国産の組み合わせは、ジャズ喫茶で外国製品の組合せ以外では、信頼の組合せであったと思っています。

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私の音楽遍歴 第12回(オーディオ編その4)

2009-10-14 | 音楽遍歴

社会人となって初めての冬のボーナスを全額投じた。

やっと、自分のオーディオを組む時がきた。

しかし、何を基準に選択して良いのやらわからない。

JBLやら、マッキントッシュなどは手は出ない。

とりあえず、スピーカーはダイアトーンかトリオでと考えていた。

ダイアトーンは、下宿の先輩が愛用していた。DS-32Bは好評を得ていたピーカーである。

トリオはLS-1000は新製品であったが、1本10万円を越す価格であった。

ヤマハのNS-1000とともに高嶺の花であった。

パイオニア S-933も気になる新製品であった。32センチのウーハー、当時は珍しいリボン型トゥーターを搭載。価格は10万円超。

コンポーネントを組むには、それぞれ単品の機器のつり合いも重要なポイント。

機器の性能は価格に表れている。

よって、予算の範囲内に収める必要がある。

ウーハーの口径にこだわっていた。

よって、低価格で32センチのウーハー、信頼のあるもの。

結果、ダイアトーン DS-37B とした。

口径へのこだわりは、JBLやアルテックへの憧憬であった。

これは、ジャズをいい音で聴きたいという思いであった。

 

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私の音楽遍歴 第11回(オーディオ編その3)

2009-10-13 | 音楽遍歴

小遣いの少ない高校生にとってラジオの音楽番組は貴重な音源である。

中学時代は、ソニーTHE 11Dにカセットデッキを繋いでエア・チェックしていたのであるが、FM放送のステレオ放送を聴いてしまった耳は、より良い音Hi-Fiを追求したくなった。

オーディオ・コンポを組む知識はないから、当時流行の4チャンネルステレオを手にしたが、少しはマニアックなところも追いかけたくて、オープンリール・デッキを購入した。

うろ覚えではあったが、ネットで調べてみると

ソニー TC-6200 であったか。

しかし、音質は満足できるものの、FMの受信状態(室内アンテナ使用)やリールテープの価格の問題から、十分に活用できなかった。

その後、パナソニックのポータブル・デッキが使い勝手が良く、大学時代をともにすることになる。

このデッキは、スピーカー内蔵で、クロムテープ使用可能、録音はステレオで、ヘッドフォン端子はステレオになっていた。下宿で使用するのに重宝した。

実家には、ソニー TC-K4 を置いていた。

これは、故障するまでの長い間お世話になった。

その後、カセット・デッキは

A&D GX-Z7100

に替わったが、時代はMD(ミニ・ディスク)の時代になっていた。

 

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私の音楽遍歴 第10回(オーディオ編その2)

2009-10-12 | 音楽遍歴

高校合格のお祝いに両親からプレゼントされたのは、

当時各メーカーが技術を競っていた4チャンネルステレオである。

ステレオという言い方は、やや変に思われるかもしれないが、2チャンネルを意味するするのではなく、商品の総称を指している。

当時はまだ、システム・コンポという言葉は一般に使われていなくて、アンプやプレイヤー、スピーカーを組み合わせるオーディオ・コンポーネントか、いわゆる家具調ステレオ、または、簡易ステレオ(今のシステム・コンポのはしりか?)、スピーカー内蔵のレコード・プレイヤーが市販されていた。

小学生の時、このスピーカー内蔵のレコード・プレイヤーなら手が届く価格であったが、親に止められていた。

なぜなら、シングル・レコード1枚が小学生だった私の1か月の小遣い相当の価格であったからである。

脇道にそれてしまったが、4チャンネルの方式は大きく、ビクター系とソニー系に分かれていた。そこで、両方の方式を再生できるパイオニアを選択した。

ネットで調べてみると、そのシステムの画像があったので紹介させていただくことにする。

パイオニア FD-5型 である。

フロント・スピーカーは4ウェイ、リアは2ウェイであった。アンプ部はチューナー内蔵のレシーバー・タイプ。プレーヤーはオート・スタート、オート・リターン方式ではなかったかと記憶している。

レコード枚数の乏しい高校生は、FM放送に釘付けになっていた。

フォーク、ポップス、ロック、ジャズと色々聴いていた。

この時に聴きかじったものの多くを、その後、レコードで、CDで手に入れている。

番組名は忘れてしまったが、小室等さんの番組、片岡義男と安田南の『気まぐれ飛行船』、油井正一氏の『アスペクト・イン・ジャズ』、渡辺貞夫さんの『ナベサダとジャズ』などなど。

地元制作の柴田チコさんがDJをしていた番組は、チェイスの「オープン・アプ・ワイズ」やデイープ・パープルの「レイジー」をオープニングに使ったりしていてお気に入りの番組であった。

私の人生に大きな影響を与えた時期でした。

 

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私の音楽遍歴 第10回(ヴィジュアル編その1)

2009-06-07 | 音楽遍歴

AVと言えば、今ではアダルト・ビデオとなってしまうが、

以前は、オーディオ&ヴィジュアルの略であった。

音楽再生装置と映像再生装置を指していたのである。

今日、まだ私が独身時代に愛用していたテレビを両親の部屋に設置した。

SONY KV-19T1である。

はっきり購入年月を覚えていないが、’86年頃購入したのではないかと思う。

この頃、ソニーは「KX-21HV1」というカラーモニター・テレビ『プロフィール』が売り出されていた。

いろいろなプロ・スタジオで利用されたモニター・テレビである。

『KV-19T1』は『AIVI』とも称され、テレビ機能だけでなく、小型システム・ステレオの機能も備え、当時新世代プレーヤーとして世に出たCDやビデオ・プレーヤーを接続することができ、ソニーのスピーカーの一つの特徴であった平板スピーカーを使ったスピーカーがブラウン管の両サイドに取り付けられ、取り外し可能となっていた。

故に、アンプ出力もそれなりに備えていた。

20年以上経っていても稼動できていることに驚いている。

実は、両親の使っていたテレビもソニーで13型の小型テレビである。これは、さらに古く父親が入院していたときに病室で利用していたもので、’78年頃のカラー・テレビであることも凄いことである。

さらに、今までダイニングで使用していたテレビもソニー製品であるが、こちらは電化製品の寿命である8年ほどでブラウン管が故障したのだが、これと入れ替えに、結婚の時に妻が嫁入り道具として持参した『KV-25DJ2』を11年振りに稼動させた。

使い捨てと言われた時代に作られた製品たちであったが、今まで生き延びてきている。アナログ放送終了まで耐え抜くかもしれない。

 

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私の音楽遍歴 第9回(オーディオ編その1)

2009-04-01 | 音楽遍歴

新築の自宅に入居して間もなくの頃だったと思う。

ソニーのセールスマンをしていた従兄がラジオを持ってきた。

The 11D』である。

中波、短波、FM波の3バンドラジオで、本体前面にスピーカーがマイクになってトランシーバのように40~50メートルの近距離までなら電波を飛ばす切り替えスイッチが付いていた。

従兄の勧めなので、両親もしぶしぶ承諾し、購入してもらった。

ソニーはこの後に、ブームになったスカイセンサーを発売する。

私の実弟も、これを購入し、世界の短波放送を受信し、ベリーカードなるものを収集していた。

Hi-Fiなるものへの関心はまだ薄く、FM放送が聞けることがうれしかった。

FM放送を聞くようになって、ポップスからロックへ、シンガーよりギタリストへ関心が向いていった。

 

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