今日のNHKテレビニュースで、8月9日長崎に原爆が落とされた日の新事実が放送されました。
あの日、米軍が小倉上空で立ち込める雲に阻まれ目的地を確認できず、原爆投下を長崎に変更したと言うことは旧知のことでした。
それが。。。八幡製鉄所に準備されていたコールタールを燃やし、人工的に黒煙を発生させていたというのです。
当時16歳だった大分在住の宮代暁さんが初めてメディアにお話しして明らかになりました。
ご本人は、ご自分の行為が長崎の方々を大変な目に合わせたと・・・ずっと黙っていたのだそうです。
目的地は小倉陸軍造兵廠でした。
ママリンに聞いたこと・・・・
ママリンは、8月9日のその時窓拭きをしていたのだそうです。
空が真っ黒な雲に覆われていて、とっても気持ちが悪かったと話していました。
その時、原爆が小倉に落ちていたら窓際にいたママリンは無事ではなかった・・・
そして、おばさんは間違いなくこの世に存在していない。。。
この方は、私たちの命の恩人です。
長い間、大変でしたね~~
ありがとうございました。
