tokyoonsen(件の映画と日々のこと)

主に映画鑑賞の記録を書いています。

『ファーザー』…毎日目覚め、毎日眠る

2023-03-18 21:25:36 | 映画-は行

 ロンドン。認知症を患う81歳の父アンソニーと、父を助ける娘のアン。

 

 認知症患者の視点で構成されたストーリーは、そのまま心理サスペンスとなって観る者に迫ってくる。状況はもちろん、人の顔や名前もその場ごとに変化する。

 認知が先か、思考が先か。

 

 アンソニー・ホプキンスが、アカデミー賞主演男優賞を最年長の83歳で受賞した作品。娘役のオリビア・コールマンも、助演女優賞にノミネートされた。

 

 このある意味支離滅裂な世界に釘付けになってしまうのは、やはり俳優の演技の切実さに因るのだろう。

 私は整合性に欠けた世界に戸惑いながら、反応する登場人物の確かな感情を見ている。

 目の前の現実(と認知される世界)に、アンソニーは疑問を投げかける。わずかずつ、巧妙にずらされた世界に戸惑い、苛立ち、怒りながら、心の奥底に残るとある愛着も見えてくる。

 苛立ちは介護者のアンにも向けられ、またアンの妹ルーシーの不在が、繰り返し言及される。

 ラストシーンは目覚めであり、ほっとすると同時に酷でもある。我々は目覚めても、アンソニーは毎日目覚め、また眠るのだから。

 

 

 「父」である必要はないと思うが、自尊心を保ちながら、世界と繋がって行くにはどうしたら良いのだろうと、考えさせられた。

 認知のズレは「老い」だけの問題ではなく、もっと一般化出来る。人間は多くの場合、解釈を先にして世界を認知しているようだから。

 

 分からないけど、信頼出来る誰かさえ忘れてしまうのだとしたら、もうそこには「自分」もいないのかもしれないな。

 

 

 フロリアン・ゼレール監督、2020年、97分。英・仏合作。原題は、『The Father』。

 第93回アカデミー賞、主演男優賞(ホプキンス)、脚色賞(クリストファー・ハンプトン、フロリアン・ゼレール)受賞。

 劇作家であるゼレール監督の戯曲『Le Pere(父)』(モリエール賞最優秀脚本賞受賞)の映画化であり、監督デビュー作。「家族三部作」の第一弾目。第二弾、『The Son 息子』は現在公開中。こちらも観たい。

 

 

アンソニーが大切にしていて何度も聴き入る曲。心の深くに刻まれているようだ。↓

「耳に残るは君の歌声」(原題“Je crois entendre encore“オペラ「真珠採り」より:ビゼー)

The Father - Les pêcheurs de perles

サリー・ポッター監督に同名映画があり(原題は『The Man Who Cried』)、この曲が使われている。哀愁漂う旋律に、アンソニーは何を聞いていたのだろう。

 

 

家のインテリアも少しずつ変化して行く↓変わらないのは、出ることのない玄関のドア。