東京の霞が関から数分のビルの谷間
蕎麦屋があった。
「砂場」
有名な蕎麦屋だ。
3時ころだったので残念ながら店は閉まっていた。
店のホームページをみると、明治5年に暖簾分けでこの地に開業したという。
この建物は大正12年、戦火もまぬがれ今に至るそうだ。
登録有形文化財に指定されている。
入口に出前の自転車がオブジェとして置いてある。
忙しく行きかう人々。その人の道脇に凍結された、昭和の、大正のワンショット。
機会があったら寄ってみたいお店である。
ではまた、ぶらり。
茨城県潮来の水郷地区
関東太平洋岸の千葉から茨城の低地一帯は縄文時代には海だった。
そのためあちこちに低湿地がある。
そんな霞ケ浦や利根川の河口近くではウナギがとれる。
うなぎ屋も多い。
潮来にもたくさんうなぎ屋がある。
その中で国道わきの清水屋に入った。
割烹ということで川魚料理いろいろあるようだが、やはりウナギ。
養殖のほかに天然ものがある。
天然は倍近いお値段なので、、、
待ち時間も天然物は約1時間まちなので、、、時間もないし、、、
天然は霞ケ浦で地元のようだが、養殖は愛知県産、というのはちょっと残念だが、
違いはあっても、結局は好みの問題だというので、食べなれた養殖ものにする。
約30分後。まってました。
久しぶりのうなぎにう~ん、と満喫して幸せになる。
ところで、この店は江戸時代からあり、昔は旅館だった。
江戸末期の尊王攘夷で世の中が騒がしかったころ、水戸の天狗党も清水屋にお泊りになったそう。
その時の銃創のついた旧館の柱が展示されていた。
子供のころ、兄弟げんかして付いた壁の傷、、みたいなもんかも。
清水屋の歴史、茨城の歴史を感じさせる潮来の名店であった。
ではまた、ぶらり。
牛久市ひたち野地区に新しいスーパーが開店した。
タイヨー TAIYOという。
本社は茨城県の太平洋に面した神栖市。
鹿島工業地帯やアントラースで有名な街。
家族は知らなかったが、生鮮品の野菜や魚介類が新鮮で安いと評判のスーパーらしい。
(つくば周辺は内陸なためかよい魚が売っていない。地元の人は魚の本当の味を知らないのかも)
この土地はもともと住宅展示場だった。
とつぜん解体された記事は以前にアップした。しばらく更地が続いた。
そのうち工事が始まり建物はできたが、なかなか開店せず正体不明な状態が続いた。
あるとき、遠くに住むつくば市の友人たちからタイヨーができると教えてもらった。
彼らはなぜかとても楽しみにしていた。
いよいよ開店。
この交差点は大渋滞。2か所の入口から車があふれる。
警備員もいるが整理しきれない。隣のカワチの駐車場も入れない。
確かに2,3割近くのスーパーより安い。148円が118円、298円が248円といった感じ。
特売では、きゅうり20円。おにぎり50円。寿司弁当298円
これならつくばの友人たちも押し寄せるわけだ。
対抗で近くのスーパーも値を下げている。
開店セールはそろそろ終わると思われるが、それ以来、この交差点は渋滞しがちになった。
なんでも値上げの昨今であきらめてきたが、救世主である。
首相の減税策よりも効果的かもしれない。
ではまた、ぶらり。
常磐線の我孫子(あびこ)駅のホームに弥生軒はある。
上りのホームにも、下りのホームにも。
ここは特大唐揚げで有名だ。
そして切り絵の画家の山下清が若いころ勤めていたことでも知られている。
弥生軒はいつも人があふれている。
夕方など高校生は店の外で食べている。
唐揚げは1個しかのっていないが大きくて、適度に味付けされたそばにかぶりつくと、幸せな気分になる。
(写真を撮るのを忘れるくらい。。。)
唐揚げは単品でも売っていて、持ち帰りの客もいる。
ちょっと値上げされた気もするが500円でおつりがくる価格に納得するだろう。
ただ、そばがいまいちかな。うどんのようなそばである。
いっそ、うどんで注文した方が納得するかもしれない。
山下清のサイン入り色紙と絵、写真が飾ってある。
山下氏が働いていたのは戦前のようだ。
5年間も勤勉に弁当を作っていたという。
弥生軒はむかし駅弁屋で、山下画伯の絵が包み紙になっていたという。
当時の常磐線は蒸気機関車なので、ノスタルジックな一コマを想像する。
どんな弁当の内容か知りたいところだが、ネット上の記載はない。
ではまた、ぶらり。