できないということ。
無理だと言うこと。
悲観すること。
逆に
自信家を演じること
増長すること。
さて
中庸は何処に。
夢を語り
表現することを望み
希望を見出すのに年齢は関係ない気がする。
無常ゆえ
必ず死に向かっているのは確かなことで
今あるご縁も限りはある
限りがあり
いつかはわかれゆく命だからこそ愛おしい。
昔私は愛されたいと想いました。
大切にされたいと想いました。
今は少し違います。
今は
愛していたい。
大切にしたい。
そちらになりました。
何かを得ようと苦しむより
与えっぱなしで喜ぶ方が幸せで。
不思議なことに
そう思うと気持ちは楽になりました。
そして不思議なことに
足りないことは相変わらずなのですけれども
先はなかなか見えなくて時々不安になるのですけれども
それでも
なんとかなっております。
不思議です。
人は決心したら変われるんだなあと想います。
素質とか能力とか才能とか
センスとか
もしも際立ったものが何にもなくても
やめない
どんなにしんどくても続けるというたったひとつの事だけが
私の財産なのだなあと想います。
この先どこに向かうのかなんて
誰にもわかりません。
それでも私は作り表現したいです。
私にはそれしかないです。
新工房で
風のあとりえ作り
そこで一人
とにかく一人
やれるだけやって見る。
先のことなどわからないし
できる間やって見る。
尽きればやめればいいだけ。
続けられる環境の間続けます。
なくなればやめればいいだけ。
なるべくそうならないよう努力するだけ。
人に頼ったり甘えたりするのは
私の人生にはないと想う
それならば逆に頼られたり甘えられたりする方になればいい気がします。
自分の人生をしっかり歩むのなら
それを輝かせればいいし
それこそ素晴らしい事だと想います。
この前新工房で
寝入り際に叫んだ。
このみちゃんはすごく驚いたらしい。
実は夢を見てたのです。
一人で真っ暗な中を
どこに向かっているかわからない道を
本当に一人きりで歩いていた。
誰か手を引いてよ。
誰か話しかけてよ。
誰か抱きしめてよ。
そんなふうに想った瞬間
誰かに突き落とされた。
甘えるな。と言われて背中を押された。
私は奈落の底に落ちていく感覚がして
泣きながら叫びました。
海のようなところに落ちていく夢でした。
寂しかった。
けれども想いました。
死ぬときは一人。
必ず一人。
そんなものだ。
怖いことでもない。
生き死にや孤独とか関わりとかに執着するあまり寂しくなるが
そんなものはこの世にいる間だけの儚い現し世なのだなあと想いました。
それならば私は
そんな現し世の中で
いろんな人たちに夢を見てもらえる存在の作品を作り出す事だけが
自分の仕事なのではないかなとふと想いました。
寂しくもない。
怖くもない。
一人であろうと暗くても。
天は見ておられる。
そんな気がしたのです。
人と比べないで
羨ましいとか思わないで
ただ自分のやるべきことを黙々とすればいいだけだなあと想いました。
表現の海は無限。
そんな無限の海を与えてもらっていることに
正直にのめり込めばいいだけだなと想いました。
理屈も何にも要らないや。
新工房の夜は漆黒。
静かで海の波の地鳴りが届く。
まるで海の中にいるようだ。
山に近いところで育ったわたしにとって
本当にあの、波の地鳴りのような気は
初めての体験でした。
海の作品作りたいと想いました。
私は船だ
私は船だ
そんな心になりました。
風の音がよく聞こえる谷があり
その谷筋を海に向かい通る風を私は感じたので
風のあとりえ
にしようと想ったのです。
大きな方舟をそのうち作ります。
その迫力は
夢の中でもう見た。
あれを作るには
部材がすごく必要だ。
でも
やる
必ず作る
もう私の心の中では
できている。