寒さ対策なんてさ、車に乗ってりゃ車庫まで我慢すれば良いワケで、
後はエンジンが温もりさえすれば、常夏のハワイ王国みたいに暖かいから、
車内では厚着の必要はなくなる、、イイねー
しかしながら
バイクやスクーター、自転車はそうは行かないょ
体を張ってね〜
タダでさえ寒い北風に逆らって走るのですから
つまりは
身体がボディーで風よけなんだからさぁ、、アハ
寒いなんてもんじゃ無い!
だが、雪が降るまで、道が凍るまでは大丈夫
なんとか、寒さ対策をして走りますょねー、
電熱ヒーター入りの服や手袋なんてのは邪道だけど、暖ったかいだろね〜、
トムなんかは
そこまでして乗ろうとは思わないけど、仕事か何かの理由があって、
どうしても乗らなきゃならない方々も
いらっしゃるワケ!ょな、
コレも昔話になるけど、
冬の四国山脈越えをやらかした経験があるんだな
広島のバンド仲間のマー坊って言うボーカルがいたけど、
知り合いにホンダCL250を貸してくれる仲間がいてね、、借りては来たものの、
トムひとりで行く予定がさ
マー坊はバイクが帰って来るかが心配なので、、
一緒に行くことになってしまったワケですねー!
トムは、心配ないから広島にいろょ と言うけど
マー坊は行く!って言ったら聴きません、
仕方ないので2ケツを覚悟して、
寒いから、しっかり服を着て、と言いましたが
なんせ、ロックのボーカルですから厚着なんぞしませんな、、ダハ
コレがのちにヤバいことになります、
CL
昭和44年頃は四国に、渡るにはフェリーに乗るしかなかったから、常識的に岡山県宇野市から香川県高松市に行く宇高連絡船を目指して走ります
四国に渡り着いて琴平町付近で雪が降りはじめたから、山脈越えはヤバそうな雰囲気でしたし、
マー坊はすでに寒さに震えていましたからね〜
とりあえず、熱い讃岐うどんなんかを食べたような記憶があるんだけど、
琴平で、ガソリン入れたついでにボロ毛布を貰えたから、マー坊は大喜び、、、ボーカルか?
とにかく
ジッとしてる訳にはいかないので、バイクのキックを踏みますょな、山脈越えだわさ、
琴平から阿波池田までのルートはトムには庭のような場所ですから問題は無かったのですが
雪が半端なく降り出してね、、
さすがの
ホンダCLのタイヤでも かなりのスリップをしたわけで、
速度も上げれない状態になり
四国山脈のど真ん中で凍死寸前までになりましたなぁ、、、
とにかく猪鼻峠のトンネル内で休憩をして、
今度は下り坂を慎重に降り切って到着した次第ですが、
すでにマー坊はガチガチに凍った状態なので
風呂に入れたら、
元に戻ったようなことだったなぁ、、mm
その後数日して
広島に帰って来たマー坊いわく、
面白かったけど、
二度と行きたくない!だったね〜、、あはは
もう、とっくにお亡くなりになったけど、、
いい奴だったとしか言いようがないかな。
トムの知ってる最後のバンド名はキャッツアイ
立町の地下でさ、
ベースはター坊それに順也さんなんかが居た時代
拓郎も太鼓叩いてたけどね〜
みんな居なくなった、そんな気分だわさー。
またね。(^。^)
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