一昨日は、放送大学岐阜学習センターか開始されて25周年記念のイベントがあり、小池戸先生解説の、根尾谷断層見学に出かけました。15年前に行きましたが、指導者のあるなしで、こんなに違うものかと目からうろこのツアーでした。まず行きのバスの中では、大型スーパーを指さし、あれは元は紡績工場であったこと。工場は住宅地に向かない場所に建てられたこと。それは、河川敷。学校なども元はそういう場所が多いらしいです。
まず、世界的に知られる断層写真の撮影地の高い丘の地点へ。撮影者は帝大教授の小藤氏。下の資料の写真です。これは世界中の地震学者が学会誌で見ている有名なもの。続いて地震断層観察館へ。ここは前に入りましたが、説明が今回はポイントを抑えておられ、学ぶことも多かったです。自分たちで勝手に行ったものとは違います。観察館にある実際の断層の遺構は、世界でここしか見られなくて、世界の地震学者がこの山深い岐阜の地に来ます。個人所有地は掘っても保存が出来ないので、写真を撮って埋め戻されますが、たまたま公有地であったため、永久保存が可能となりました。国指定の特別天然記念物です。
根尾谷の断層は、濃尾地震がおきた明治24年10月28日AM6:37に発生。7000人ほどの犠牲者があり、マグニチュート8でした。その時6mの断層が出来ました。阪神大震災の断層は2m。どんなに巨大か分かります。マグニチュードの計算方法は断層の面積が関係するようです。80kmX80kmの断層でした。阪神震災はうんと浅いものでした。淡路島にある阪神震災記念館でもそれは確認できました。
横揺れの証拠の茶畑も、国指定の天然記念物。個人の所有ですが、大切に茶畑は115年管理されていました。直線の茶畑が地震以来うねっています。なお、ここからごく近い所に樹齢1000年と言われる薄墨桜があり、これも国指定の天然記念物。
帰りのバスの中では、日本で無尽蔵にこれからも発掘できる鉱物は、石灰岩だけということとか、木曽川水系の水は、長良川水系のものより美味しいこととか興味深い話を聞きました。美味しい理由は、花崗岩の中を流れるからとか・・・幸いわが町は木曽川水系から取水。ほっとしました。
先生は時間励行の方らしく、予定通り5時には帰宅できました。あわてて夕食をすませ、M病院へ。日曜日のため見舞客は多めです。土曜日は2時に行くと、あのカードを貰うための行列です。昨日は祭日でしたが、時間が遅くて少な目でした。 娘と病院でハチ合わせ。リハビリの終わった後でした。
上の写真と同じ地点から
左半分のズーム
世界で一か所しかない断層の断面
うねった茶畑
横ずれ断層の説明板
断層の真上にあった地蔵尊 光背が割れて落ちたため修理