西向きのバルコニーから

私立カームラ博物館付属芸能芸術家研究所の日誌

BW(ブルーウェーブ)1

2005年12月04日 16時02分19秒 | 小説
 その日は、明け方から小雨が降っていた。昨夜から一晩中起きていたマモルは、病院へ行く母を送り出した後、しばらく眠った。
 今年の秋で八十歳になるマモルの母は、毎週土曜日、隣の市にあるK大付属病院のペインクリンックで、神経痛の治療を受けている。通い始めてからもう三年あまりになるが、発病当時に比べればだいぶ良くはなったものの、まだ完璧に痛みはとれていない。多分死ぬまで治らないだろうと、マモルは思っていた。
 突然、自称芸術家で冒険家というが、実際の正体は何者なのかよく判らない、ラジオパーソナリティーのおじさんの喧しい声が、眠っていたマモルを目覚めさせた。十二時半頃に自動的にラジオのスイッチが入るよう、タイマーをセットしてあったのだ。出掛けた母に頼まれていたことがあって、しかたなくそうして起きた。
 母は七年前に緑内障(りょくないしょう)を患って以来、テレビはあまり観なくなり、その代わりほとんど毎日のようにラジオを聴いている。そしてそれぞれの番組のプレゼントコーナーにも、ほとんど毎日のように葉書を出していた。母が頼んでいったのは、もしプレゼントに当選して電話が掛かってきたら、代わりにマモルに聞いておいて欲しい、ということであった。もし当選者が留守だったり、合言葉を言えない場合、当選は無効となる。電話に出てきた者が葉書を出した本人以外の、例えば家族でも、ラジオを聴いていたことさえ証明できれば、それでOKなのであった。土曜日は、いつもなら母は病院に行っていてラジオを聴いておらず、葉書も出していないはずなのであるが、先週はちょうど主治医の先生が学会出席のためお休みで、それに合わせて母も通院をお休みしてラジオを聴いて、葉書もしっかり出しておいたらしいのだ。このプレゼントコーナーには、毎日五百通から千通くらいの葉書が行くそうだから、そうめったに当たりはしない。が、母はこの同じ番組の同じコーナーで、五年前に見事当選したことがあって、その時には米十キロと、ご飯茶碗のセットを獲得している。それに他の番組でも数々の当選歴があって、現金一万円、梨五キロ、便箋、テレホンカード等々、様々な戦利品を得ていて、なおさら熱心に挑戦をし続けていた。
 年老いた母の数少ない楽しみをつなぐため、マモルは眠い目を擦り擦り、ラジオに耳を傾けていたが、結局、その日は見事にハズレであった。

(続く)