初夏、繁は大阪ドームのマウンド上にいた。プロの世界に入って二年目。初めてのドーム球場は、夢のような空間であった。しかし確かに夢ではなかった。紛れもなく、彼はそのマウンドに、ピッチャーとして立っていた。
夏の終わりにはビールジョッキに例えられるであろう大阪ドームという器にも、さすがに昼間は、観客席の一部の飲んだくれオヤジを除いて、アルコールの匂いはほとんどしない。ただ繁が気になったのは、その大きなジョッキの蓋ともいうべき、大屋根を打ちつける豪雨の音だった。「梅雨のフィナーレ」といったところであろうか、ゴーという雨音が時折激しくなる度、思わず天井を仰いでしまう。どうも落ち着かない。だいたい、今朝は一時大雨洪水警報が出ていたというのに、そんな日に野球ができること自体、何かしっくりこなかった。気が付けば、いつの間にか大雨の中をバスに乗って、野球場に向かっていた。しかも二軍とはいえ、プロ野球の試合のマウンドに立つために……。それもこれも、とにかく何もかもが、しっくりこない繁であった。
五日前、監督に先発を言い渡されて以来、ずっと舞い上がってしまっていた。昨年高卒でドラフト外入団。一年目は養成期間ということでトレーニング中心の毎日。僅かに試合に出たのはシーズン後半。それも敗戦処理程度のが五、六回あっただけだった。しかし今シーズンは、一軍二軍共に新監督が就任したこともあって、ひょっとしたら自分にもチャンスが巡ってくるのでは、と期待はしていた。そして今シーズン。開幕当初はまだ昨年と同じようなリリーフ起用ばかりであったが、繁はそこでまずまずの出来を見せ、こつこつと良い成績も残していた。それが晴れて監督や首脳陣の目にとまり、今回の先発起用となった。でもまさか自分のプロ先発デビューが、大阪ドームになるとは、夢にも思っていなかった。だからこそ舞い上がってしまって、まずそこからして、リズムがくるってしまっていた。おまけに当日はこの大雨。繁が小学校三年の頃から野球を始めて十数年、雨の日に雨に打たれることなく試合をしたことなんて、ただの一度もなかった。雨が降れば試合は中止。替わりに屋内で軽めの練習をして上がる。それが常識だったのに……。体が自然と憶えた常識を、まず否定することから始めなければならなかった。だがドーム球場には、今までの野球の常識―――少なくとも繁の中にあった野球の常識―――を、ことごとく覆してしまうような要素が、まだまだたくさんあった。
(続く)
夏の終わりにはビールジョッキに例えられるであろう大阪ドームという器にも、さすがに昼間は、観客席の一部の飲んだくれオヤジを除いて、アルコールの匂いはほとんどしない。ただ繁が気になったのは、その大きなジョッキの蓋ともいうべき、大屋根を打ちつける豪雨の音だった。「梅雨のフィナーレ」といったところであろうか、ゴーという雨音が時折激しくなる度、思わず天井を仰いでしまう。どうも落ち着かない。だいたい、今朝は一時大雨洪水警報が出ていたというのに、そんな日に野球ができること自体、何かしっくりこなかった。気が付けば、いつの間にか大雨の中をバスに乗って、野球場に向かっていた。しかも二軍とはいえ、プロ野球の試合のマウンドに立つために……。それもこれも、とにかく何もかもが、しっくりこない繁であった。
五日前、監督に先発を言い渡されて以来、ずっと舞い上がってしまっていた。昨年高卒でドラフト外入団。一年目は養成期間ということでトレーニング中心の毎日。僅かに試合に出たのはシーズン後半。それも敗戦処理程度のが五、六回あっただけだった。しかし今シーズンは、一軍二軍共に新監督が就任したこともあって、ひょっとしたら自分にもチャンスが巡ってくるのでは、と期待はしていた。そして今シーズン。開幕当初はまだ昨年と同じようなリリーフ起用ばかりであったが、繁はそこでまずまずの出来を見せ、こつこつと良い成績も残していた。それが晴れて監督や首脳陣の目にとまり、今回の先発起用となった。でもまさか自分のプロ先発デビューが、大阪ドームになるとは、夢にも思っていなかった。だからこそ舞い上がってしまって、まずそこからして、リズムがくるってしまっていた。おまけに当日はこの大雨。繁が小学校三年の頃から野球を始めて十数年、雨の日に雨に打たれることなく試合をしたことなんて、ただの一度もなかった。雨が降れば試合は中止。替わりに屋内で軽めの練習をして上がる。それが常識だったのに……。体が自然と憶えた常識を、まず否定することから始めなければならなかった。だがドーム球場には、今までの野球の常識―――少なくとも繁の中にあった野球の常識―――を、ことごとく覆してしまうような要素が、まだまだたくさんあった。
(続く)