正午の時報とともに次の番組が始まった。眠い。まだ十分な睡眠時間をとれていないマモルは、またうつらうつらして、もうラジオのスイッチを切る気力もない。それでも半分夢の中で、ラジオを聴いていた。お笑い系のパーソナリティーの話すたわいもない取り留めのない世間話があって、今度はニュースアナウンサーが、「交通事故の数」「失業者の数」「甲子園球場の観客動員数」の、それぞれの記録更新を伝える。いつもそう感じるのだが、ニュースというものには、比較的明るい話題が少ない。甲子園のニュースにしたって、長年低迷が続いていたタイガースに対する、ファンの切実な思いが込められていて、決して手放しで喜べるニュースではない。そしてそして、また次のお天気コーナーに毎度毎度出てくる気象予報士が、これまたどうも喜べない。
「今日、近畿地方が梅雨に入りました。さて今日がお誕生日の方は、ハッピー・バースデー・ツー・ユーですね」なんぞという、いつもながらつまらないくだらないどうしようもないダジャレを発する。それを夢うつつで聴いているにも拘らず、そんな素人ギャグについまた吹き出してしまう自分が情けなく、不本意で悔しい思いのマモルであった。
実はマモルはタレントである。つまり玄人である。本名を沢松守(さわまつまもる)といい、苗字なしの片仮名書きの、"マモル〟は芸名である。しかし世間には、その芸名も顔もあまり知られてはいない。つまり売れていない。勿論レギュラー番組もない。月に二度、三度、事務所からCMやドラマなどのオーディションの話は来るが、その内のいくつが、実際の仕事につながるかは分からない。例え仕事につながったところで、たかが知れている。だから食っていけたりいけなかったりで、食っていけない時は、いい歳をして親の脛(すね)をかじる。といっても、八十前の母のぼろぼろの脛は、もうかじる余地もほとんどなく、その味は悲しく苦い。段々切羽詰まってきた今日この頃、マモルはこんなことを考えていた。母に、後どれくらいの寿命が残されているのだろうか? 母の寿命は、マモルの寿命にも関わる。それを想うと、夜眠り難くなった。そしてどうせ眠れないのなら、いっそ起きていて何かやろうと考えた。そこでマモルが思いついたのが、自分史を書くことだった。本当は三十代半ばで、自分史など書くつもりは毛頭ない。まあ自分史と言えば聞こえはいいが、実質は遺書である。努力しても努力しても実らない、そんな馬鹿な自分の生き様を、せめて書き残しておこうと思った。そろそろ自暴自棄になり始めていた。そういうわけで、マモルは昨夜も一晩中起きて、自分史を書いていた。
(続く)
「今日、近畿地方が梅雨に入りました。さて今日がお誕生日の方は、ハッピー・バースデー・ツー・ユーですね」なんぞという、いつもながらつまらないくだらないどうしようもないダジャレを発する。それを夢うつつで聴いているにも拘らず、そんな素人ギャグについまた吹き出してしまう自分が情けなく、不本意で悔しい思いのマモルであった。
実はマモルはタレントである。つまり玄人である。本名を沢松守(さわまつまもる)といい、苗字なしの片仮名書きの、"マモル〟は芸名である。しかし世間には、その芸名も顔もあまり知られてはいない。つまり売れていない。勿論レギュラー番組もない。月に二度、三度、事務所からCMやドラマなどのオーディションの話は来るが、その内のいくつが、実際の仕事につながるかは分からない。例え仕事につながったところで、たかが知れている。だから食っていけたりいけなかったりで、食っていけない時は、いい歳をして親の脛(すね)をかじる。といっても、八十前の母のぼろぼろの脛は、もうかじる余地もほとんどなく、その味は悲しく苦い。段々切羽詰まってきた今日この頃、マモルはこんなことを考えていた。母に、後どれくらいの寿命が残されているのだろうか? 母の寿命は、マモルの寿命にも関わる。それを想うと、夜眠り難くなった。そしてどうせ眠れないのなら、いっそ起きていて何かやろうと考えた。そこでマモルが思いついたのが、自分史を書くことだった。本当は三十代半ばで、自分史など書くつもりは毛頭ない。まあ自分史と言えば聞こえはいいが、実質は遺書である。努力しても努力しても実らない、そんな馬鹿な自分の生き様を、せめて書き残しておこうと思った。そろそろ自暴自棄になり始めていた。そういうわけで、マモルは昨夜も一晩中起きて、自分史を書いていた。
(続く)