マモルが公園に着いた頃には、バスに積まれたたくさんの本を、既に大勢の人々が囲んでいた。土曜日の午後ということもあって、子供が多い。特に児童図書の棚がある車内には隙間もなく、子供たちが犇(ひしめ)き合うようにして、本を読んでいた。一方大人はというと、ざっと見たところ女性と老人ばかりで、若い男性は一人もいない。マモルが最近読んだ新聞には、リストラで職を失った人や、就職先の決まらない学生たちによって、図書館の利用者が増えている、という記事が出ていたが、さすがに移動図書館にまでは、それらしき傾向は見当たらなかった。しかし子供や女性や老人ばかりなのが、どうも自分には場違いな雰囲気で、いささか寂しくもあった。
マモルは、母の借りていた二冊の本を返却した。実を言うと、母はテレビ同様、目の負担にならぬようにと、それほど熱心に本を読むことはない。だからその二冊の本も、ほんの数ページしか読まないまま、返却してしまったことになる。母は「読まずに返すなら、もう借りるのはよそう」などと、たまにそういった消極的なことも言うが、結局は自らの読書意欲が勝り、また借りてくる。母のような老人には、何ページ読むか、という結果よりも、読みたい、というその意欲が大切なのだ。それが母のためなのだと、マモルは母の無駄とも思えるその行為を、自分に納得させていた。
残念ながら、マモルには子供の頃から読書意欲がない。我が子にたくさん本を読ませようと、全五十六巻にも及ぶ『少年少女世界文学全集』を始め、数多くの本を買い与えてきた母の期待を見事に裏切って、マモルはテレビばかり観ていた。マモルが小学校に上がった頃は、ちょうどテレビが白黒からカラーに移行していった時期だった。「時代が、僕を本から遠ざけたのさ」というのが、マモルの言い分、いや、屁理屈であった。本当は、ただ読書が苦手なだけであった。第一それ程までに本を読まない奴が、今自分史を書いているというのだから、その辺りもどうも辻褄(つじつま)が合わない。とにかく本は返した。これで母に頼まれていた用事は、全部済んだ。さて読書意欲がない上に、場違いな雰囲気ときていれば、後はもう逃げるしかない。マモルは、そそくさと公園を出た。
(続く)
マモルは、母の借りていた二冊の本を返却した。実を言うと、母はテレビ同様、目の負担にならぬようにと、それほど熱心に本を読むことはない。だからその二冊の本も、ほんの数ページしか読まないまま、返却してしまったことになる。母は「読まずに返すなら、もう借りるのはよそう」などと、たまにそういった消極的なことも言うが、結局は自らの読書意欲が勝り、また借りてくる。母のような老人には、何ページ読むか、という結果よりも、読みたい、というその意欲が大切なのだ。それが母のためなのだと、マモルは母の無駄とも思えるその行為を、自分に納得させていた。
残念ながら、マモルには子供の頃から読書意欲がない。我が子にたくさん本を読ませようと、全五十六巻にも及ぶ『少年少女世界文学全集』を始め、数多くの本を買い与えてきた母の期待を見事に裏切って、マモルはテレビばかり観ていた。マモルが小学校に上がった頃は、ちょうどテレビが白黒からカラーに移行していった時期だった。「時代が、僕を本から遠ざけたのさ」というのが、マモルの言い分、いや、屁理屈であった。本当は、ただ読書が苦手なだけであった。第一それ程までに本を読まない奴が、今自分史を書いているというのだから、その辺りもどうも辻褄(つじつま)が合わない。とにかく本は返した。これで母に頼まれていた用事は、全部済んだ。さて読書意欲がない上に、場違いな雰囲気ときていれば、後はもう逃げるしかない。マモルは、そそくさと公園を出た。
(続く)