2012年3月5日(月)
朝から冷たい雨が降っている。
ポチは、抱っこすると温かかったなあ・・。
さて、エッセイの続き・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今、ここまでにするのか、さらに手をつくすのか、選べない。
「とにかく、ポチを抱かせてください」
と、私は、先生に頼んだ。ガラスの密室で、ひとり苦しんでいるポチを抱いて
やりたかった。
「でも、今、酸素室から出すと、心臓が止まるかもしれません。腕の中で死んでしまう
かもしれませんよ。いいですか」
と、念を押されたけれど、私の腕の中でポチを少しでも安心させ、死なせるのも、良い。
だが、ポチは、私の腕の中で、じっとせず、逃れようとするかのように、もぞもぞと動く。
柔らかく、温かい。
辛いのだろう、生きたいのだろう。
脳にダメージを受け、寝たきりになったポチでも、ポチだ。私が最期まで看てやろう。
私が、「お願いします」と言うと、先生は直ちに、ポチを抱き取り、手術台へ連れて行った。
受付で手術の同意書を書いてから先生と三人の看護師さんに囲まれた手術台に近づくと、
ポチは先生に押えられ、気管に挿入された管に噛み付いていた。その管から、水が出てきた。
肺がやはり水びたしなのだ。看護師さんがその管にさらに細い管を差し込み、水を吸引して
いった。ポチの胸部にエコーをかけていた先生が、
「う~、心臓の弁、切れてはいないけれど、異常な動き方をしています。見たことない動きだ」
と、声を上げた。エコー画面の彼が指差す辺りに黒い塊がびんびんと跳ねているのが見える。
この動きは収まるのだろうか?収まらなかったら?
しばらく水を抜いてから、ポチはまた酸素室へ戻された。四足で立ち、私を見ている様子が、
心なしか、先ほどより楽そうだ。ポチの鼻からは、さかんに泡が出てくる。
「まだ、肺に水が溜まっていますね」
と、言っていた先生が、ポチの大きな目を覗き込んで、急に、
「あ、意識が飛んだ!」
と、叫び、すぐにポチを鷲づかみにし、手早くポチの口に管を入れると、あっと思う間もなく、
後ろ足を持って、ポチを振った。すると、逆さまにされたポチの口から、また水がどんどん出て
きた。けれど、台の上にポチを寝かせたとたん、先生は、
「心臓が止まった!」
と、左手一本でポチに心臓マッサージを始めた。それでも、ポチの心臓はもう自力では
動き出さなかった。あまりにあっけない。これで良かったのだろうか……。それでも、
ポチの苦しそうに目をむいた顔が浮かぶと、
〈ポチ、充分、戦ったよ。もういいよ〉
とも思えた。私は台の上に手を伸ばし、少し口を開けたポチの頭を撫でてやった。
目も見開いたままなのが可哀想で、せめて目を瞑らせようと目蓋を上から撫でるが、
うまくいかない。
「動物は、人間と違って、目は閉じないんです」
と、先生は、静かに言った。
しばらくして綺麗にしてもらったポチを寝かせた箱を先生が抱きかかえ、
「こちらに」と、通用口へ導かれた。病院で亡くなった父の時もそうだった。
死んだものは、生きているものと区別され、正面玄関から帰ることは出来ないのだ、
人間も動物も……。
通用口から直接駐車場に出ると、外はすっかり暗くなり、身震いするほど風が冷たい。
ポチを私の車の助手席に置くと、先生と看護師さんは、深々と頭を下げて見送ってくれた。
そして、私は、家族だったポチに供える花を買いに駅前の花屋へと車を走らせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
テレビでは、東日本大震災のニュースが増えてきた。
三月・・痛ましい思い出の季節になってしまった・・。
朝から冷たい雨が降っている。
ポチは、抱っこすると温かかったなあ・・。
さて、エッセイの続き・・
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今、ここまでにするのか、さらに手をつくすのか、選べない。
「とにかく、ポチを抱かせてください」
と、私は、先生に頼んだ。ガラスの密室で、ひとり苦しんでいるポチを抱いて
やりたかった。
「でも、今、酸素室から出すと、心臓が止まるかもしれません。腕の中で死んでしまう
かもしれませんよ。いいですか」
と、念を押されたけれど、私の腕の中でポチを少しでも安心させ、死なせるのも、良い。
だが、ポチは、私の腕の中で、じっとせず、逃れようとするかのように、もぞもぞと動く。
柔らかく、温かい。
辛いのだろう、生きたいのだろう。
脳にダメージを受け、寝たきりになったポチでも、ポチだ。私が最期まで看てやろう。
私が、「お願いします」と言うと、先生は直ちに、ポチを抱き取り、手術台へ連れて行った。
受付で手術の同意書を書いてから先生と三人の看護師さんに囲まれた手術台に近づくと、
ポチは先生に押えられ、気管に挿入された管に噛み付いていた。その管から、水が出てきた。
肺がやはり水びたしなのだ。看護師さんがその管にさらに細い管を差し込み、水を吸引して
いった。ポチの胸部にエコーをかけていた先生が、
「う~、心臓の弁、切れてはいないけれど、異常な動き方をしています。見たことない動きだ」
と、声を上げた。エコー画面の彼が指差す辺りに黒い塊がびんびんと跳ねているのが見える。
この動きは収まるのだろうか?収まらなかったら?
しばらく水を抜いてから、ポチはまた酸素室へ戻された。四足で立ち、私を見ている様子が、
心なしか、先ほどより楽そうだ。ポチの鼻からは、さかんに泡が出てくる。
「まだ、肺に水が溜まっていますね」
と、言っていた先生が、ポチの大きな目を覗き込んで、急に、
「あ、意識が飛んだ!」
と、叫び、すぐにポチを鷲づかみにし、手早くポチの口に管を入れると、あっと思う間もなく、
後ろ足を持って、ポチを振った。すると、逆さまにされたポチの口から、また水がどんどん出て
きた。けれど、台の上にポチを寝かせたとたん、先生は、
「心臓が止まった!」
と、左手一本でポチに心臓マッサージを始めた。それでも、ポチの心臓はもう自力では
動き出さなかった。あまりにあっけない。これで良かったのだろうか……。それでも、
ポチの苦しそうに目をむいた顔が浮かぶと、
〈ポチ、充分、戦ったよ。もういいよ〉
とも思えた。私は台の上に手を伸ばし、少し口を開けたポチの頭を撫でてやった。
目も見開いたままなのが可哀想で、せめて目を瞑らせようと目蓋を上から撫でるが、
うまくいかない。
「動物は、人間と違って、目は閉じないんです」
と、先生は、静かに言った。
しばらくして綺麗にしてもらったポチを寝かせた箱を先生が抱きかかえ、
「こちらに」と、通用口へ導かれた。病院で亡くなった父の時もそうだった。
死んだものは、生きているものと区別され、正面玄関から帰ることは出来ないのだ、
人間も動物も……。
通用口から直接駐車場に出ると、外はすっかり暗くなり、身震いするほど風が冷たい。
ポチを私の車の助手席に置くと、先生と看護師さんは、深々と頭を下げて見送ってくれた。
そして、私は、家族だったポチに供える花を買いに駅前の花屋へと車を走らせた。
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テレビでは、東日本大震災のニュースが増えてきた。
三月・・痛ましい思い出の季節になってしまった・・。