Maleficent, 2014, directed by Robert Stromberg
5 理想の妻
を得るためにはどうしたらいいだろう、とたいていの男は一度は夢見るものです。ピグマリオンがその夢から踏み出したのは、世界一の金持ちだったからです。ほしいと思ったものをたいてい手に入れた挙げ句、とうとう男にとって究極の野望の一つに手を出してみたくなったわけです。ただし、そのときにはもう、生身の女ではとても無理なことは経験上わかっておりました。そこで、ロボットを作ることにしました。
まず、見た目。数え切れないダメ出しの結果、どうやらこれで理想だ、と思える美女の姿形はできました。そのロボットはピグマリオンがそれまでに知った女たちに少しずつ似ていたかも知れませんが、そんなことは忘れられるぐらいに完璧でした。
彼女(便宜上こう呼んでおきます)にはオラピアという名前がつけられました。
次には、中身です。誰にでもすぐに予想がつくでしょうが、こちらのほうがずっとやっかいでした。
誰にでも予想のつくことは、オラピア制作を請け負った自称世界一のロボット技師コッペリウスも予想しましたので、まずこう切り出してみました。「何も言わない美しい人形、というのはいかがでしょうかな」
「そんなことを言って、手を抜こうとしてるんじゃないのか?」と、ピグマリオン。
「とんでもございません。中身がわからないので、あれこれ想像している方が、いつまでも憧れの、新鮮な感じが保てる、ということもあろうかと思いまして」
「馬鹿を言いおって。中身がわからない、じゃなくて、ないんじゃないか。それがわかっているものに、どうして憧れたりするものか。
それに第一、若造でもあるまいし、女に憧れる、という年でもない。ワシがほしいのは遠くから見ていて胸がときめく美女ではなく、いっしょに過ごしていて心地よい伴侶なんじゃ」
「はあ」と溜息をついたコッペリウス「そうなりますとやはり、従順な女、ということになりましょうな」
「まあな。しかし、ただ従順なだけではそのうち飽きがくるなあ」と、ピグマリオン。
「では、時々は反抗的なほうがよい、と。それはどれくらいの頻度がよろしいでしょうか? 週に一度とか、月に一度とか、あるいは……」
「いや、待て。ただ機械的に決められても困るぞ。こちらの調子もある。ワシの虫のいどころが悪いときに逆らわれたんでは、すっかり逆上して、壊したくなるかも知れん。そんなことになったら、大損だ」
「お任せください。オラピアには、ご様子からご気分のほどを判断できるセンサー機能を搭載します。それで、ご機嫌がお斜めのときには大人しく、退屈だから少し刺激がほしいかな、と思っておいでの時には、少し逆らったり拗ねてみせたりする、とこういうふうにいたしましょう」
「ふん。ワシの顔色を読むというわけか。そういう小賢しい女は、きっと鼻につくぞ」
「その点は御心配には及ばないかと。オラピアには、あなた様をうまく操って自分の満足を得ようとするような邪心は全くございません。ひたすら、あなた様のご満足のためにだけ、ご機嫌をうかがいますので」
「なるほどな。邪心はなからろうよ、だって心がないんだから。そう見えるものは全部お前があらかじめ仕込んでおいた見せかけだ。つまりは、オラピアではなく、お前の小賢しさに鼻を突き合わせねばならんというわけだ」
「ええと、そうおっしゃるなら、ファジー機能をつけましょう。そうすれば、もちろんあなた様を本気で怒らせるようなことがない範囲で、この私めにも予想のつかない突飛な言動を、稀にさせるようにもできますので」
「どんな予想もつかないことかは知らんが、それを起こさせるのはやっぱりお前だ。つまり、予想もつかないことが起きることはちゃんと予想している。いや、知っている。その話を聞いたワシもまた、知っている。何か白ける話だとは思わんか?
『だって機械なんですから』なんて言うなよ。並の機械なら並の技師に任せておる。ワシが世界一のロボット技師だと言うお前に期待しているのは、機械であることを忘れさせるぐらい完璧な機械なのだ。それを忘れんようにな」
コッペリウスはこの難問を解いて、ピグマリオンを満足させることができたのでしょうか。それは私などにはそれこそ予想もつかないことです。
6 また森の中で
少女はゆっくりと目を覚ましました。目に入るものはすべて同じ灰色の木でできた壁と天井と床、壁には窓はなく、外の様子は見えません。小さなドアが一つあるきりでした。
少女は一度、そのドアから外をちらりと見たことがあるのは覚えていました。それはずっと昔のような気も、つい昨日のような気もして、はっきりしないのですが、ともかく、彼女以外の誰かがここにいたのです。その人がドアから外へ出かかったので、彼女もついて行こうとしたのでした。するとその人はぴしゃりとこう言ったのです。
「あなたは出てはいけない。森の中にはいろいろなものがいる。綺麗な花やいい声で鳴く小鳥たちもいるが、恐ろしいオオカミもいるんだ。その他、わけのわからないものがいろいろいと。直接見るのはあなたにはちょっと早すぎる」
「でもいつまで、私はここにいればいいの?」
「たぶん、そんなには待たせないと思う。ともかく、私がまた来るまでは、ここを動いてはいけないし、誰かが来ても、ドアを開けてはいけない。わかったね」
そう言うとその人はすばやく外へ出ました。再び閉ざされたドアの向こうから、こんな声が聞こえました。
「ああ、それから、森の中のいろんなものがいろんなことを言うだろう。それを聞いても、信じてはいけないよ。みんな嘘つきなんだから」
それからその人は行ってしまったようです。だからここは森の中なのです。少女はその人を待っていなければならないのです。この二つだけが彼女にわかっていることでした。
「いろんなものがいろんなことを言う」。この言葉を思い出して、少女は思わず呟きました。すると、小鳥たちの囀りが聞こえてきました。いえ、それは以前からあって、少女が気づかなかっただけなのでしょう。今、少女はじっとその声に耳を傾けました。すると、それがだんだん、意味のある歌のように聞こえてくるのです。
あの娘は目を覚ましたのかい? わかるもんか
目を覚ました夢を見ているだけなのかも
あの娘はここにいるのかい? わかるもんか
誰かがあの娘になった夢を見ているだけなのかも
「それは私のことなの」と少女は心の中で尋ねてみました。答えるのはもちろん自分自身です。「わかるはずないわ。私がもともと誰かなんて、私にもわからないんだから」
その時、外からドアをノックする音が聞こえました。少女が答える前に、声がしました。
「もしもし、娘さん、ここを開けてくれんかね」
「なあに? なんの用なの?」
「ははあ、その返事だと、あくまで女の子に化けるつもりなんだな。それとも、もっと完璧に、自分でもすっかりそのつもりになってしまったのかね」
「すると、私は女の子ではないの?」
「当り前だ。女の子だったら、どうしてあんたの目はそんなに大きくてギラギラ光ってるんだね? 口だって大きくて、歯がものすごく鋭いのはなぜなんだい?」
「わからないわ。ここには鏡がないんだもの」
「それじゃあ腕を見てみな。毛むくじゃらじゃないかどうか」
「いいえ、スベスベしてるわ」
「そうか、さては毛をむしって、チョークでも塗りたくったな。それとも、女の子の中身をみんな食っちまって、皮だけ残して、それを被ってるんじゃないのか?」
少女は黙ってしまいました。
「どうした? 図星を指されたんで、何も言えないんだろ?」
「あなたの言うことって、何が何だか全然わからないわ。まるで森の中の獣が吠えているみたい」
「なんだと、獣はお前だろ。いいからここを開けろ、そしたら俺がお前に、本当のことをわからせてやるから」
「そんなの、知りたくもないんだわ」と、少女は、もう相手に聞かせる気もなく、口の中で呟きました。
するとどうでしょう、さっきの小鳥たちのときとは逆のことが起こったのです。外から聞こえてくるのは人間の声ではなく、オオカミか何か、恐ろしい獣の咆吼になりました。そしてその恐ろしいものは、何度もドアに体当たりしてきたようです。家全体がガタガタ揺れました。少女は両手で耳を塞ぐと、じっと蹲っておりました。
ドアはなんとか持ちこたえました。やがて騒ぎが収まって、あたりはすっかり静まりました。少女は立ち上がると、自分にこう言いました。
「あれはあの人だったのかしら。わからないわ。どっちにしろ、私が受け入れられる『私』を持ってきてくれたわけじゃないようだから、入れるわけにはいかない。私は、まだ待たなくては」
こうして、少女は待ち続けました。とても長い間、以前にお話しした、少年とその妹とが迷い込んで来るまで。