人間、「やっていいこと」と「悪いこと」がある。
支那の漢の時代の話。
高祖の后は、
夫が死んだあと、
すごいことをやった。
夫の愛人の
目をくりぬき、
鼻と耳をそぎ落とし、
4本の手足を切り落とし、
それでも生かしておいて、
糞つぼの中に、
漬けて置いたのだ。
これは、
人間の絶対にやってはいけないことだ。
しかし、支那政府は、
今でも、似たようなことをやっている。
天安門では、
民主化勢力を戦車でひき殺し、
「肉せんべい」にした。
また「健康気功集団の法輪功」の学習者を捕まえ、
生きたまま、胸を切り裂き、
心臓を取り出したのだ。
また動物の皮を生きたまま、
取ってもいる。
動物は、皮をはがされても生きているんだ。
いずれも、
絶対に、許されない
「超・悪魔的所業」である。
他方、日本軍の慰安婦は、どうか?
女性たちは、自ら希望して、新聞公募に応じ、
月130万の給与をもらっていた・・・のである。
南京事件での「日本軍による捕虜虐殺」は、どうか?
国民党軍が、清野作戦により、
食べ物を、日本軍および支那軍に残していかなったため、
「やむをえず、捕虜を殺したもの」である。
殺した方法は、機関銃でまず撃ち、
さらに銃剣で刺し殺し、
その後、焼却し、
最後は遺体を揚子江に捨てた。
また南京市民については、
支那の便衣兵との区別が付かず、
やむをえず、殺したものである。
殺し方も、
一瞬で首を切り落としたり、
銃殺など・・・苦痛のない方法である。
なお便衣兵とは、軍服を着ていない兵隊だ。
彼らは、普通の市民服を着て、
日本兵を、ゲリラ的に殺していたのである。
しかも、支那軍は、
黄河と揚子江をわざと決壊させ、
支那人を、無数、殺したのである。
溺れる支那市民を助けたのは、日本軍であった。
今の支那共産党政府と過去の日本軍がやったこと、
どっちが、人間として許せないかは・・・・
一目瞭然ではないか!
日本軍の行為は、すべてとは言わないが、
基本的に、やむをえない部分が多いもの・・・であった。
戦争とはそういうものだ。
しかし!
支那政府のやっていることは、
悪意悪意悪意である。
しかも!
天安門・・・においては、
支那市民の、民主化の要求であり、
人間として、当然の行動ではないか!
だろ?
さらに!
当時の胡 耀邦
(第3代支那共産党中央委員会主席・初代中国共産党中央委員会総 書記)も、
民主化運動には理解を示していたではないか!
考えてみよう!
「天安門・戦車轢き殺し」と
「法輪功・生体心臓取り出し」と、
「動物・生体・皮剥ぎ」は、
絶対に許されない、倫理への大挑戦なのである!
もう一度言おう!
絶対に許されることではない!
この3つを、
ぜひユネスコの「世界遺産」に登録しようではないか!
二度と繰り返されないように!